ディズニーランドが生み出したもの
ディズニーランド鉄道に乗ってやってきたのはトゥモローランド。
トゥモローランドとディズニーランド・ホテル前のダウンタウン・ディズニーを結ぶのは、ディズニーランド・モノレール。
西半球で初めて交通手段としてのモノレールとして1959年に開業しました。
このように、ディズニーランドには最新の技術があちこちに導入されています。
ウォルトの最新技術や未来への思いをディズニーランドのあちこちで感じることができます。
アトラクションも体験
ディズニーランドでのアトラクション体験を大きく変えることになった技術「オーディオアニマトロニクス」。
ロボットがサウンドトラックと連動して作動するシステムは、動物や人間がまるで生きているように、どの回でも同じショーをみせてくれます。
この日は、ちょうど55周年アニバーサリーだった「魅惑のチキルーム」を体験しました。
「魅惑のチキルーム」はオーディオアニマトロニクスが初めて導入されたアトラクションです。
200体もの鳥や花が歌います。
このオーディオアニマトロニクスは鳥から人間へと進化し、「リンカーン大統領との偉大なひと時」がオープンしました。
これは、1964年に開催されたニューヨーク世界博覧会のパビリオンとしてディズニーが手がけたもの。
ニューヨーク世界博覧会では「イッツ・ア・スモールワールド」なども登場し、閉幕後にディズニーランドに移設されました。
この博覧会で東海岸のディズニーアトラクションへの反応を見たウォルトは、新たなパークの建設を決めます。
それがEPCOT計画。
EPCOTとは、実験的未来都市(Experimental Prototype Community of Tomorrow)の頭文字を取ったもの。
ウォルトはテーマパークだけではなく、都市を作ろうとしました。
完成より先に寿命がきてしまいこの夢は叶いませんでしたが、ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートには「EPCOT Center」というテーマパークが建設されました。
ウォルトが愛した名曲「2ペンスを鳩に」(メリー・ポピンズ)を聞きながら、ウォルト最後の夢についての話を聞き、ディズニーランド・パークを巡るツアーは終了。
4時間ものツアー中にはジョリーホリデーベーカリーカフェでの食事も。
いくつかのメニューの中から選んで食べることができます。
ウォルトのアパートに感激!
そして、ツアーのハイライトは、普段ゲストが見ることができない、貴重な部屋への入場体験。
今回は「消防署の2階」に入ることができました(日によって別の場所を案内されることがあります)。
ディズニーランド建設時、パークになるべく多い時間滞在して指揮するため、ウォルトはパーク内に自らが住む部屋を作りました。
それがタウンスクエアにある消防署の2階の部屋。
当時の状態が保存されている部屋は、ウォルトの妻リリアンが好きなローズレッドを基調としたデザイン。
2人がそれぞれ寝たソファーベッドやキッチン、当時最新式のシャワールームなど、ウォルトがこだわった部屋を自分の目で見られます。
窓際の机には、ランプが1つ置かれています。
ゲストは普段この部屋に入ることはできませんがこのランプだけは窓越しに見られます。
ランプは24時間常に明かりが灯っていて、ウォルトの死後も彼がディズニーランドにやって来たゲストを見守り続けているという意味が込められています。
ウォルトが見守っているタウンスクエアの景色を同じ場所から見ることができる、感動的な体験でした。
取材協力:ディズニー・ディスティネーション・インターナショナル
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