「たばこ入れ」にこめられた芸術的な「物語性」
――たばこ入れに季節感があるんですね。
「そうですね。松がデザインされているもの、雛人形がデザインされているものというように、季節感を表したものがありました。
例えば桃太郎の物語がモチーフになっていて、前金具と呼ばれる部分におじいさんとおばあさんがいて、裏座(うらざ)と呼ばれるたばこ入れの蓋(かぶせ)の裏側にある前金具の止め金具の部分には、川から流れてくる桃が描かれているというように、物語性がある作品も多く見られます。謡曲などを題材にデザインされたものもありますね。
ただ単に模様がきれいだということではなくて、そのたばこ入れがどういう物語性を持っているのかということを考えて作られたものも多く見受けられます」
――凝ったデザインのものが多く見受けられますが、これらはオーダーメイドなのでしょうか。
「当時、富裕層の町人は、袋物商(ふくろものしょう)という――現在はハンドバッグメーカーに転業してしまいましたが――業者に対して、このような素材、デザインのたばこ入れを作ってほしい、とオーダーします。すると袋物商が、注文主の要求に応えて、根付の部分を根付職人に発注したり、前金具のデザインは彫金家に頼んだり、それぞれ専門の職工たちに頼んで作らせていました。
多くの人手と時間をかけて制作したので、けっして、安いものではありませんでしたね。一説には、現在なら外車が1台買えるくらいのお金がかかっていたと言われています。ほかの人が持っていない、自分だけのたばこ入れを作らせていたのです。
例えば『金唐革(きんからかわ)』というオランダなどで家の壁革として使われていたものを使ったたばこ入れは、長崎の出島和蘭商館(でじまおらんだしょうかん)経由で入手した貴重な輸入革を使って作らせたものです」
――このような豪華なものは、富裕層が持つものですよね。庶民が使っていたたばこ入れというのはどのようなものだったのでしょうか。
「木製のたばこ入れなども使用していたようです。これは別名“とんこつたばこ入れ”ともいうんですが、ラーメンのとんこつとは関係ないと思います(笑)。これなどは、庶民が持っていたものだと思います。あとは紙製の簡易たばこ入れもありました」
「たばこ入れは数量的に考えれば、もっとあったと思うのですが、明治時代以降に外人が根付に非常に興味を持ちまして、高値で買い取っていたのです。そのため、根付だけ取られてしまったために捨てられてしまったたばこ入れも多かったのではないかと思われます」
――女性向けというものもあるのですか?
「女性の場合は懐(ふところ)に入れるタイプが主流でした。デザインも女性的で、素材は革よりもインドやジャワ(インドネシア)から輸入された更紗(さらさ)と呼ばれる生地などで作られたものや、つづれ錦という錦織で作られたものが多いようです」