「たばこ入れ」づくりを支えた、貴重な職人たちの技術
――きせるやたばこ入れというのは基本的には実用品だと思うのですが、これを専門に作っている職人さんはどういった人だったのでしょうか。
「江戸時代は、きせるはきせる職人、たばこ入れは袋物の職人が作っていました。しかし、江戸から明治になる際に士農工商という身分制度がなくなり、明治9年(1876)に廃刀令が施行されました。これにより、刀の鍔や鞘などの刀剣装飾の仕事を失った職人、というより工芸家が、日用品に技術を応用していくようになったのです。
江戸時代、刀剣装飾に携わる工芸家は町人の持つきせるやたばこ入れを作る職人よりもランクが上で、技術的にも優れていました。こうした技術が、きせるやたばこ入れに転用されるようになったため、廃刀令施行後に作られた明治・大正時代のたばこ入れやきせるには優品が多く残っています。当時は輸出品として日本の美術工芸品が人気だったので、マッチケースやシガレットケースなども数多く作られて海外に輸出されています」
――当時の技術は現在も残っているのでしょうか。
「たばこ入れの制作においては、“叺(かます)”と呼ばれたたばこ入れの袋の部分を作る職人だけでなく、前金具や裏座にデザインを彫る彫金家や鎖を作る職人、根付を作る職人などを袋物商が束ねて作り上げました。たばこ入れは、袋物商が注文主と相談しながら作り上げる総合的な芸術作品でもあったのです。
かつては隅田川沿いに職人さんが多く集まっていたのですが、関東大震災と東京大空襲、また和服から洋服へと服飾のスタイルが変化したことなどもあって、現在はたばこ入れの制作に携わる職人さんがほとんどいなくなってしまいました。
また、そうした職人さんの世界では当時、それぞれの技術は一子相伝のようなところがありましたので、そこで技術を伝える人が途絶えてしまったのですね。
現在も都内にはたばこ入れを作っておられる職人さんはいらっしゃいますが、明治・大正時代に作られたもののほうが、全体的に見て出来がいいですね。昔は手縫いで作られていましたが、現在は接着剤を使っているそうですから、形はちゃんとしていても、使い心地や実用的な面では当時のものとは違うのでしょう」
――現在たばこ入れを使っている人はいるのでしょうか。
「実用品として使っている人もいると思うのですが、ごく一部でしょうね。現在は刻みたばこを入れずにアクセサリーとして、着物の帯に差してみるといった使い方がメインではないでしょうか」
――貴重な技術がなくなってしまうのは残念ですね。
「やはり関東大震災の影響が大きかったかなと思います。それ以前はまだ江戸の名残があったのですが、関東大震災を境に一気に雰囲気が変わりました。それによりいろいろと便利な世の中に変わったということはあるのですが、関東大震災さらに東京大空襲がなければ、江戸の工芸というか、伝統的な文化がもう少し残っていたのではないかなと思いますね」
たばこ入れは、単なる刻みたばこを入れる機能性だけではなく、アクセサリーとしてのファッション性が重要視されたアイテムだったのですね。しかもほとんどが一点ものということで、当時の人たちがどれだけたばこ入れに思い入れがあったのかがわかります。
たばこと塩の博物館では、喫煙文化を紹介するということで、たばこ入れだけでなくきせるやたばこ盆といった日本の伝統的喫煙具のほか、ヨーロッパや中国で流行した嗅ぎたばこに関連した資料など多数展示しています。現在は、渋谷区から墨田区に移転中で、2015年春頃にオープン予定。展示室が広くなり展示点数は、渋谷区で活動していた時よりも大幅にアップします。
再オープン後には、落語会や、たばこにまつわる名シーンがある映画の上映会といったイベントを予定しているとのこと。暖かくなってきたら、日本の伝統的な喫煙文化を感じるために訪れてみるのもいいかもしれませんね。