ハードボイルド小説で数々の文学賞にもノミネートされ、サブカルウォッチャーとして『タモリ論』や『さよなら小沢健二』等でも人気を博した作家の樋口毅宏さん。

ところが息子さんの育児をほぼワンオペでされるようになってからまもなく「作家を辞める」と引退を宣言されました。

先日紹介したハピママの記事、「妻たちの闇に震える!?ワンオペ主夫・樋口毅宏インタビュー【前編】」まず僕は(妻に)口答えはしない」ワンオペ主夫・樋口毅宏インタビュー【中編】」に続く、後編インタビュー。

自分の声を忘れちゃう?育児専業主夫&主婦のリアル

――「作家なんて男子一生の仕事じゃねえ」と毒づいて断筆・・・その後1年ほどで男の育児日記『おっぱいがほしい!』に続き、最新刊『東京パパ友ラブストーリー』等で文壇に復帰してくださったのはファンとして嬉しい限りなのですが、この“振れ幅”が尋常ではない気がしてならないのですが。

樋口毅宏さん(以下、樋口):引退宣言は、2016年9月。息子が10カ月の時、つまり僕が育児専業主夫を始めて、10カ月の時なんですけど。

1回「やめる!」って言ってグレて。いま思えば、アタマがおかしくなってました。

何回目の反抗期だって感じなんですけど。ツイッターもやめちゃってね。

――どうしてそんなことに?

樋口:ううーーーーん、取り残され感?赤ちゃん中心の生活になって、社会とのつながりもなくなって。

妻の仕事の関係で、僕は生まれ育った東京を初めて離れて京都に引っ越したんですが、そうなると友人・知人も全然いませんから。

一日しゃべらないとか、ザラなんですよ。

独身時代、小説を書いている時とか2~3日しゃべらないこととかもありました。僕の中でそういう状況は、たぶんお勤めをしている方たちより、普通のことだったハズなんですけど。

育児専業主夫をしていて、一日の中で口をきけるのは、まだ言葉の通じない赤ちゃんと、多忙な妻。保育園に入ることができてからは、加えて保育士さんとの連絡のやり取りくらい。

「元気です、熱もないです、昨日もアレ食べました」

それ以外は、しゃべらない。息子と妻と保育士さん数人、その4~5人を除くと1週間、いや1週間どころじゃないな、1カ月、話さないことなんてザラなんですよ。

コンビニとかに買い物に行くでしょう?レジで「袋いらないです」って言う時に、あんまりにも久しぶりにしゃべるから「ふ、ふ、ふ」って詰まっちゃって「あ、俺、こんな声してたんだ」って思ったりとか。

声帯から、おかしくなっていくような感じっていうんでしょうかねぇ。

――「男は社会に出て働くべき」なのに「専業主夫なんてしているから」というような“焦り”のようなものもありましたか。

樋口:いや、そういう外からの価値観のような、男女の役割分担がどうこうということではなくって。

男としてとか、女としてとかではなく。

ヒトとしての「自尊心」が、保てない。

まさかのアイデンティティクライシス!専業主夫OKと信じていたけれど

樋口:僕も、結婚する前までは「男は外で働かなければいけない、女は家にいなければいけない」なんて、そんな古い価値観おかしいよって思ってました。

で、いまも思ってます。

女性だったら、外で働かず家で夫や子どもの面倒を見る“専業主婦”があるのだから、男にもあっていいはずだし。

僕なんてもともと、小説家ということもあって家で仕事をするタイプなわけだから「いいじゃん、専業主夫をすれば」という風に思っていたんです。

けど、ダメでしたね。

これは息子が赤ちゃんの時には、気付くことすらできなかったんですけど。

やっと1歳半くらいになって、保育園に預けることができて、買い出しや掃除もある程度テキパキできるようになって、自分の時間が1時間とか2時間確保できるようになってから、ようやく気付いたんです。

妻から「働け」と言われるワケじゃない。「息子を預けている間に、もっと仕事バンバンしろ、小説書け」と言われたことは一度もない。

だけどふと、やっと自分の時間が取り戻せるようになってくると、別に昼寝してていいはずなのに、映画とか観に行っていいはずなのに、自分のメンタリティが保てない。

それでいざ小説を書き始めてみたら・・・仕事をしていると、ホッとする。

これは、自分でも驚きでした。

妻が稼いでくれているし、完璧とはいかないけど自分も家事・育児やってんだし「だからこれでいいじゃん!」というようには・・・思えなかったんですね。