中ノ瀬翔CEOが開発したGITAIの宇宙ロボットは「スペースX」にも搭載された

【メイカーズを追う・5】 2021年8月29日、米民間宇宙企業スペースXは国際宇宙ステーション(ISS)の補給ミッションのために、ファルコン9ロケットを打ち上げた。ロケットから分離され、ISSにドッキングした補給船に積み込まれているのは、2000kg以上にのぼるさまざまな物品だ。その中には、日本のスタートアップGITAIで開発された宇宙用作業ロボット「GITAIロボット」が含まれている。今回は、このロボットをつくりあげたGITAI Japan CEOの中ノ瀬翔氏に、起業、そしてロボット開発の経緯から今後の展望までを聞いた。


取材/エルステッドインターナショナル代表 永守 知博・BCN+R編集長 細田 立圭志 文/小林 茂樹 写真/松嶋 優子

「情熱の持てる、好きなことがしたい」

中ノ瀬さんが創業したGITAIは宇宙ロボットのスタートアップ企業ですが、もともと宇宙ビジネスを目指して起業したのですか。

いいえ、私は宇宙の専門家ではありませんし、理系出身ですらありませんでした。大学卒業後、私はIBMでSEとして業務システムの開発に携わっていたのですが、実際に自分で手掛けたのは設計や要件定義までで、コードを書いて成果物をつくるということはなかったのです。プログラミングは趣味でやっていましたが、上司から「その後の工程は下請企業にやってもらえ」といわれてしまい、面白味が感じられませんでした。

そこで、もともと起業に関心があったため独立して、インドでITベンチャーを起業し、スマホアプリやウェブサービスなどの事業を展開しました。エリック・リースの『リーン・スタートアップ』を読み、その通り実践したらうまくいったんですね。でも、事業は安定したものの面白みがないので売却してしまいました。

せっかく起業に成功しても、それも面白くなかったと……。

そうですね。次は情熱の持てる、好きなことをやろうと考えました。

情熱が持てるようなことは、すぐに見つかったのですか。

事業を売却してから1年間ほどは「ニートエンジニア」として、Web VRを中心にいろいろなものをつくりました。その中で、自分の身体と同期する、自分の分身としてのロボットの開発に行き着き、プロトタイプを5号機まで自分ひとりでつくったのです。これによって、つくりたいもののコンセプトを伝えることができたと思います。このようなプロセスを経て、2016年7月にGITAIを設立しました。

なぜ「宇宙ロボット」に着目したのか

そこで、それまでのソフトウェアの世界からハードウェアの世界に行かれたわけですね。

人間の動きを再現するような汎用性の高いロボットは、研究されてはいても実用化されていません。それは、技術面や採算面におけるボトルネックがあり、期待値と現実の乖離が激しいからです。

例えば技術面でいえば、ロボットの「完全自律」にこだわるとうまくいかないという現実があります。採算面からは、量産化によるコストダウンがよく言われますが、経験も資金力もないベンチャーにとってその実現は不可能です。つまり、遠隔医療や災害支援に使えるようなロボットの開発は、ベンチャーにとってとてもハードルが高いわけです。

それで宇宙へ目を転じたわけですね。

そうですね。宇宙飛行士の代わりに宇宙空間でさまざまな作業ができるロボットがあれば、被曝などの危険を回避できることに加え、大幅な経費の削減につながるんです。そして、量産化が求められない一点ものであるため、無理なコストダウンを強いられることはありません。

宇宙空間における作業の経費削減というのは、具体的にはどのようなことですか。

中ノ瀬 宇宙飛行士のコストは時給換算で500万円といわれています。それに加え、人間が作業できる時間には限りがあります。その部分をこの汎用作業ロボットがカバーしてくれるというわけです。

ひたすらプロトタイプでデモの繰り返し

ところで、宇宙ビジネスというと、いろいろな意味でスタートアップにとってはかなりハードルが高いと思います。最初はどのようにNASAやJAXAなどとコンタクトをとったのですか。

NASAの場合はコンテストに応募し、日本大会で優勝したことでつながりができました。JAXAはホームページから応募して、共同研究に至ったという経緯があります。JAXAなどの研究開発機関も開発コストを下げる必要に迫られているため、民間へのアウトソーシングを行う傾向が高まっています。そうしたことも、私たちのようなスタートアップへの追い風になったと思いますね。

関係ができるまで、どのくらいの時間がかかりましたか。

NASAは創業して1年ほど、JAXAは2年くらいですね。

その後、採用に至るまでにはどのような活動をされたのですか。

約2年間、ひたすらプロトタイプでデモを繰り返しました。当社のメンバーの7割は博士号を持っているのですが、そうした技術提案営業は、私だけでなく彼らにも時間を割いてもらったことが大きかったですね。また、入賞できなかったコンテストなどの場でも、そこにいた審査員に「ゲリラデモ」をしたこともありました。

とにかく実物を見てくれと。

そうですね。それで追加入賞したこともあったんです。

まさに情熱と執念ですね。

そうした活動を通じて、どの領域に顧客のニーズがあるのかということも探りました。ベンチャーにとって、すべての領域をカバーしようとするのは不可能ですから。

技術に長けた超優秀な人材が強み

競合については、どう認識されていますか。

世界でいえば中国企業が最大の脅威ですが、宇宙ビジネスは軍事や安全保障と直結していることから、中国企業が日本やアメリカの企業と取引をすることはあり得ません。もちろん、その逆も同様です。

そして、日本国内では今のところ競合は見当たりません。大企業にとってはマーケットが小さく、ロボットベンチャーは顧客ニーズよりロボットへのこだわりを優先してしまいがちだからでしょう。いずれにせよ宇宙ビジネスへの参入障壁の高さは、私たちにとっては有利に働いていると考えています。

GITAIの強みは、ズバリ何でしょうか。

汎用性の高いハードウェアをつくる技術と自律制御の技術に優位性があるということですね。すべて内製化するのに2年かかりましたが、こうした技術に長けた超優秀な人材を集めることができたからこそ、それが可能になったといえます。

東京大学の助教からロボットベンチャーSCHAFTを設立し、それをGoogleに売却した中西雄飛CROなど、ロボットのことを熟知している技術者の存在なしにはこの事業を進めていくことは困難だったと思います。

人材の確保はどのような形で行ったのですか。

人によっては2年以上かけてひたすら説得し、どうにか来てもらいました。でも1人目が超優秀な人だと、そういう人と一緒に働きたいと思う優秀な人材が集まってくるのです。

なるほど。「類は友を呼ぶ」ではないですが、優秀な人の周りには優秀な人が寄ってくるわけですね。でも、それは中ノ瀬さんの人間力あってのことだと思いますよ。

私の立ち位置はビジネスサイドにあるわけですが、彼らの邪魔をしない提案はできたと思っているので、そういう意味ではうまくいっていると思います。

宇宙空間で必要な労働力を提供したい

今後は、どのような事業展開をされていきますか。

まずは、宇宙領域の汎用ロボットをしっかり事業化し、単体の事業として1、2年で黒字化することですね。研究開発費用が先行するとはいえ、投資家に依存している限りは事業とはいえないので、そこをきちんと軌道にのせることがまず必要だと思います。

そして宇宙開発の世界では、いまや宇宙に行って帰ってくるだけでなく、宇宙に行って、そこで作業をするニーズが高まっています。私たちがやりたいことは、そこに私たちのロボットによる大規模な労働力を提供することです。現在はISS内での技術実証段階ですが、いずれは、この夢に本気で挑戦していきたいと考えています。

ところで、社名の「GITAI」は何を表しているのですか。

義手や義足のような身体能力を拡張するものをイメージし、こう名づけました。例えば、パソコンは人間の脳の拡張ツールといえますが、私たちはロボットにより人間の能力を拡張することで人類に貢献したいと考えています。

中ノ瀬さんの熱い思いが社名にも込められているのですね。今後のさらなる展開を楽しみにしています。(メイカーズを追う・連載終わり)

中ノ瀬 翔 (なかのせ・しょう)

GITAI Japan株式会社Founder&CEO。日本IBMを退職後、インドで起業・事業売却を経験。米国Singularity Universityのメインプログラム(GSP)日本人初参加者。2016年からGITAIロボットのプロトタイプ開発を開始し、同年GITAIを創業。