美意識を学ぶために、40~50年代のフランス映画を観るように言われた
「呑み込まれていたのかもしれませんが、頭の中が真っ白になってはいませんでした。オーディションでは美輪さんと一緒にホン(台本)を読みました。今考えると、僕自身のことよりも、雨宮として見えるかを知るためにホン読みしかしなかったのかもしれません」
しかも2シーンのホン読みのうち、後者は途中で打ち切られたというのに、その数日後には合格の通知があったというから驚く。それこそ瞬時に宝石や人の心を盗む黒蜥蜴のように、美輪はわずかなホン読みの間に中島の知性や感性、芝居に飢えていることや、満たされない想いを嗅ぎ取り、雨宮を演じられるだけのポテンシャルを備えていることを確信したのだ。
「稽古に入ってからも、スムーズにすごい速さで進んでいきました。熟練のスタッフ、以前の作品に参加したキャストもいらっしゃるということもありますし、始まって2週間ぐらいでホン読みも、段取りもひと通り終わりました。稽古が始まる前には美輪さんの美意識を学ぶため40~50年代のフランス映画を観るように言われました。『天井桟敷の人々』('45)やジャン・ギャパンの主演映画です。その際、美輪さんが“雨宮はすごく辛い経験をしてきた男だけど、あなたはあまりそういうことを経験してこなかったわね”と仰ったんです」
そこで中島は、自らの意志でそうした負の感情を疑似体験するために稽古場でも誰とも喋らず、怒られて落ち込んだときのモヤモヤした想いを掘り下げ、自分の居やすい場所にいることを敢えて避けた。さらに雨宮が黒蜥蜴と初めて会う場所のイメージとして美輪から教えられた聖徳美術館の前に極寒の中立ち、「雨宮が見ただろう風景を目に焼きつけ、そのときの彼の気持ちを考えたことを役に活かせたらと思っています」という。美輪がたぶん惚れたのは、そうしたことを自分で考えて瞬時にできる彼の行動力と吸収力、感性の豊かさだったのだろう。
「稽古が始まってから自分に必要なことが分かってきた」と語る中島は、それこそまっさらのスポンジのようなもの。美輪のすべてを面白いように自分の血肉にしていったに違いない。
綺麗に話すことや、動くこと、レベルの高いものを要求
「美輪さんは的確に大切なことを教えてくれます。何よりも、その役の感情になって話せるようになってから、その先にセリフと動きがある、と仰いました。さらに次の段階では、綺麗に話すことや、綺麗に動くことなど、とてもレベルの高いものを要求されます。座るときは片足だけ伸ばした方が綺麗に見える、ドレスをどうさばいたら綺麗に見えるかなど、すごくこだわられますし、綺麗に話すことを意識しすぎて三島さんのレトリックの利いたセリフの妙が失われていると“頭で韻を踏んでいるのに意識していない。同じメロディになっているわよ”と指摘がある。とても勉強になりますし、毎日が充実しています」
美輪に全幅の信頼を寄せている中島の姿は、最初に彼自身が語ったように、劇中の黒蜥蜴と雨宮の関係と重なってみえる。そのことを踏まえた上で、中島が黒蜥蜴に対する雨宮の想いをどうとらえ、どう体現しようとしているのか訊いてみた。