「忘れられる」恐怖

Aさんの元彼は普通の会社員であり、住んでいるアパートや勤め先をAさんは知っていました。

「思い切って部屋まで訪ねていったのですが、何度チャイムを押しても応答がなくて。

居留守を使われているのか本当にいないのかわからなくて、次の週も行ってみたのですが、やっぱり彼とは会えませんでした」

そのときは、「会ってきちんと謝罪したい。変わるからやり直してと言いたい」と、焦る気持ちが強かったといいます。

突然の別れ話から二週間が経っており、彼とは音信不通、LINEも電話も拒否が解除される気配はなく、

「このままでは忘れられてしまう」

と、最後に見た元彼の疲れた顔ばかり浮かんだそうです。

「さすがに、会社に電話するとか訪ねていくことはできませんでした。

それをすると絶対に嫌われると思ったし、付き合っているときから元彼が仕事熱心なことはわかっていたので」

いま思えば、我慢することができて本当によかったですと、Aさんはため息をつきます。

ですが、いっさいの連絡手段を封じられ、会いに行っても埒が明かない状態で、時間ばかりが過ぎていくことが、Aさんのなかで忘れられる自分への恐怖を育てます。

考えた「手段」とは

「友達のひとりが、携帯ショップで働いているのを思い出しました」

「何とかして元彼と話したい」という切羽詰まった気持ちは、ある閃きを生みます。

それは、もう一台新規でスマートフォンを手に入れ、それを使って元彼に連絡するというものでした。

「携帯ショップで働く友達に、『会社との連絡用にもう一台スマートフォンがほしい』と相談したら、格安SIMでの契約を勧められました。

いろいろと制限はあるけれど月の使用料などが安いし、機能もそこまで劣らないから、と言われましたね」

そもそも元彼と連絡がつく手段として新しい端末を考えたAさんにとっては、「格安SIMでも何でもよかった」のが実際の気持ちです。

それからは自分で情報を調べ、使いやすそうなものを決めます。

「正直に言えば、お金をかけてまで何をやっているのだろうって、落ち込む瞬間もありました。

それでも、これしか方法はないと自分に言い聞かせていて、あの頃は本当に思い詰めていたのだなと思います」

元彼に対して諦める決断がどうしてもできなかったAさんは、「とにかく話すことさえできれば何とかなると、元彼の気持ちなんてまったく考えていなかった」と振り返ります。