芸能界を舞台としているということもあり、栄光と零落の物語として読む人もいるだろう。<僕>と<ごっち>が高校3年生のときに文化祭で歌ったオリジナルソングの曲名や歌詞が、1つの謎掛けになっている。この著者はそうした謎掛けが巧く、先に挙げた「スタンド・バイ・ミー」の言葉遊びなど、随所に読者の記憶を刺激する技巧が使われている。純粋に2人の友情と反目の物語として読んでもかまわない。そういう人は、しばらくの別離の後、25歳で2人が再会した夜の描写を、胸にこみ上げるものをこらえながら読むことになるだろう。気の措けない友人同士の、さりげなくすり寄るような会話が微笑ましい。第10章は本書の中でももっとも幸せな気分に包まれる章だ。
しかしそこではまだ小説は中盤、以降も2人の物語は進んでいく。本書には自然と醸し出されるサスペンスが備わっており、特にこの後半には水も漏らさないような緊密さがある。巻きを入れながら結末へと向けて突き進む第14章は、読む人によって好き嫌いの分かれる箇所だと思う。しかし、この章を入れたことによって、本書はエンターテインメントとしての評価を大きく上げた。
先述したように私は本書を引き剥がされたダブルの数奇な運命の物語として読んだ。結論から言えば、ページを開くときに抱いた予感は裏切られず、むしろ予想を上回るほどにおもしろく読むことができた。新人の作家としてここまで書ける人は珍しく、素晴らしい筆力だと思う。次回作、もちろん出れば楽しみに読むだろう。
構成のことばかり書いたが、文章単体でも記憶に残るいいものがいくつもあった。先に挙げた10章だけではなく、各章に、おっ、と思うような文章が散りばめられている。
たとえば2人が初めて一緒に歌う17歳、第4章の場面。<僕>につられて歌いはじめた<ごっち>が「初めは口の辺りの空気にだけ歌っていたが、少しずつ、大きく歌うようになった」なんて文章はいい。とても自然だ。
それに対して24歳の<僕>が白木蓮吾が作詞したという歌に対して抱く思いは「聞き覚えのあるラブソングたちをいっぺんに寸胴に入れてどろどろになるまで煮詰めたような」とずいぶん皮肉な(かつ同時代の歌たちを皮肉ったような)ものである。
こういった言葉の選び方によって<僕>の抱いている思いを読者に想像させるという技術が用いられている。どこまでも小説の記述であることを貫こうとし、それに成功した作品だ。『ピンクとグレー』は非常に真っ当な小説なのである。
新人作家・加藤シゲアキのデビューを祝福する。よい小説を読ませてもらいました。