『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』 ©Narco Cultura.LLC
  

“かつて大虐殺を行った当事者が、その行為を再現する”。この前代未聞の試みに賛否が巻き起こり、世界及び日本でも昨年異例のロングランヒットを記録した『アクト・オブ・キリング』。まだ、その記憶も新しいが、また違った衝撃が走るドキュメンタリー映画が今後続々と公開予定だ。『アクト・オブ・キリング』に続く衝撃作を11本紹介する。

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  • 『ルック・オブ・サイレンス』 © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014
  • 『リヴァイアサン』 ©Arrete Ton Cinema 2012
  • 『和食ドリーム』 ©film voice inc
  • 『宮古島トライアスロン ©film voice inc
  • 『マナカマナ 雲上の巡礼』 ©Stephanie Spray and Pacho Velez

暴力と恐怖に支配された街の現実を、否応なしに目撃『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』

イスラエルの報道写真家、シャウル・シュワルツの初の長編『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』(4月11日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開)は、邦題からわかるように、メキシコ麻薬戦争の実状に、自らの命を奪われる一歩手前のギリギリまで踏み込んだ1作だ。

舞台は“世界で最も危険な街”と称されるというメキシコの都市シウダー・フアレス。この町では、なんと年間3000件を越す殺人事件が起きる。ところが、事件が解決されることはほぼ皆無。メキシコでは起きた犯罪の3%しか捜査されず、99%の犯罪は罪に問われることなく犯罪者は野放しになっている。というのも下手に警察が捜査に動くと、彼らに待ち受けるのは麻薬組織による“死”の報復以外にないのだ。

カメラは地元警察官のリチの毎日を主軸に追う。その日々は衝撃と戦慄のシーンの連続だ。出勤するとすぐに殺人事件の報が入り、現場に駆けつけると、銃弾に倒れた遺体が。いつ報復を受けるかもわからない捜査官たちが常に黒い覆面をかぶって行動する。緊迫の中、リチは証拠品を集め、報告書をまとめる、やるせない日々。抗争の果てに死んだ人間たちを日に10体以上処理することも珍しくない。この1年で殺害された同僚は4人。当然、彼の心が休まる日はない。国境を隔てた目と鼻の先にあるアメリカ合衆国の都市エルパソは全米で最も安全な街。その不条理と自らの運命を呪いながら彼は今日も現場に向かう。

カメラはもうひとり、主人公として追う。彼の名は、エドガー・キンテロ。彼は現在メキシコ国内だけでなくアメリカ合衆国でも人気を集める音楽ジャンル“ナルコ・コリード”の若き歌い手だ。

このナルコ・コリードは、麻薬カルテルのボスたちを英雄と称え、殺し、拷問、誘拐、麻薬密輸にまつわる暴力的な歌詞がならぶ、歌謡曲で本国では放送禁止されている。でも、メキシコ系アメリカ人で、ロサンゼルス育ちのエドガーは麻薬ボスたちから話をきくと歌を制作。歌が気に入られるとボスたちから多額のチップが懐に入り、ついには自らのバンドでCDアルバムをリリースすると大ヒットと成り上がっていく。インターネットでしか麻薬カルテルを知らない彼は、さらなる成功を夢見て実際の麻薬組織と接触をはかり、本拠地へ旅立つ。

麻薬組織の影に怯えながら、懸命の仕事をしながら報われないリチと、麻薬カルテルに憧れ、麻薬組織の存在から富みを得るエドガー。この事実にはもう虚無感をおぼえるしかない。そして、暴力と恐怖に支配された街の現実を否応なしに目撃することになる。

 

いじめ、レイプ、自殺未遂、病……。苦境を力に変えた女子レスラーの半生記『がむしゃら』

 

『がむしゃら』 ©MAXAM Inc.

女子プロレス団体“スターダム”のヒールレスラーとして活躍中の安川惡斗(本名:祐香)。去る2月に行われた試合で大ケガを負い、そのことが大々的に報じられたことから彼女の存在を最近になって知った人も多いに違いない。『がむしゃら』(3月28日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開)は、その彼女の愛らしい笑顔からは想像できない秘められた衝撃の過去と半生が明かされていく1作だ。

手掛けた髙原秀和監督は彼女との出会いをこう明かす。

「彼女との出会いは2005年のこと。僕が講師をしていた日本映画学校(現・日本映画大学)に役者志望で彼女が入ってきた。そのときの第一印象としては、とにかく“元気だな”と(笑)。ただ、ひとつ歯車が狂うとなにもかもがダメになる危うさもあって、印象に残る生徒ではありましたね」。

その後、髙原監督が旗揚げした劇団の公演に彼女が出演するなど交流は続き、その過程で彼女の辛い過去も自然に話しを聞くことになった。そんな髙原監督が安川を正式に撮りたいと思ったのは今から2年前だったそうだ。

「プロレスをテーマにした舞台に出演していた彼女が、実際にプロの門を叩いたと思ったら、瞬く間にデビューして、いっぱしのレスラーに成長した。まず、その行動力がすごいなと。それから、こう思いました。“生き辛さがしきりに叫ばれる今の世の中で、これだけマイナスなことを抱えながらも生き生きとしているヤツはいないんじゃないか”と。その姿にひきつけられて、撮影を申し込みました。本人は最後まで“私の人生なんておもしろくない、映画になんてならないですよ”と言っていたのですが」。

そして、いざ撮影を始めると予想にもない事件が次々と起こることになる。

「撮影に入る前も、よく冗談まじりに言っていたんです。“お前の半生は漫画みたい。普通では考えられないことが起こりすぎている”と。で、いざ撮影を始めると、これがまたいろいろなことが起こる(苦笑)。頚椎椎間板ヘルニアになる、バセドウ病が悪化する、甲状腺の悪化で入院する、と、ことある事に試練が彼女を襲う。“こいつはどんな星の元に生まれたんだよ”と思いましたよ」

作品は、そんな度重なる逆境を跳ねのけ、不死鳥のごとく復活を果たす彼女を記録。その苦境を力に変える彼女の心の強さと生きることへのひたむきさが胸をうつ。

「安川を知る人がよく言うんですよ。“これだけ心が折れない人を知らない”って。僕もまったく同感。おそらく安川と同じことが自分の身に降りかかってきたら、僕は耐えられな(笑)。この彼女のひたむきさには感服する。特に自分の居場所を見つけられないでいる若い世代の人には、なにかひとつ心に届くものがあるんじゃないかと思っています」と髙原監督はメッセージを送る。