「あのう、私、今、欲情しておるのですが」
最後にご紹介したいのは、こちらも「女による女のためのR-18文学賞」出身者である、窪美澄さん作の『よるのふくらみ』(新潮社)という小説です。
このお話は、排卵期で「あのう、私、今、欲情しておるのですが。あなたとセックスがしたくてたまらないのですが」と、保育士をしている29歳の「みひろ」が、同じ商店街で、幼いころから一緒に育ってきた「圭祐(けいすけ)」に心の中で語りかけるシーンから始まります。
文房具店の娘「みひろ」は、酒屋の息子「圭祐」と結婚前提で同棲しているのですが、セックスレスのカップルです。一緒に暮らして2年になるのに、もうずっとセックスをしていない。子どもがほしいのか、ただセックスがしたいだけなのか……。自分の意思を無視して反応する身体をもてあまし、焦燥感でいっぱいの「みひろ」の前に、ずっと彼女のことが好きであった、圭祐の弟の「裕太」が現れ、事態はさらにややこしくなっていきます。
本書は連作短編集で、6つのお話が登場人物の視点を変えながら進められます。
「性」というよりも、日常に密着した生々しい「生」が描かれており、一見平和な小さな商店街の中で起こっている、本音と建前と、自己矛盾にあふれた世界観に、強く惹きつけられます。
まるで、私たちのすぐ隣で起こっている問題をのぞき見されたかのようなお話でした。
「セックスは妊娠するために行うもの」と思い込む「圭祐」。そんな彼に惹かれ結婚を決意したものの「いんらんおんな」と呼ばれた自身の母親のことが頭から離れず、心も身体もままならない「みひろ」。そんな彼女に想いを寄せながら、別の女性に目を向ける「裕太」。
人間の情けない感情や、「やめておいた方が良い」と頭ではわかっているのに、どうすることもできない衝動が、とてもリアルに描かれています。
読み終わったら、なんだか泣きたくなりました。このお話に出てくる人は、全員ずるい(笑)。だけど人間ってそんなものだし、ままならない心と身体に支配されながらも、希望を見つけて生きていくしかないのだなあ……とも感じ、どこかにほのかな光が見えるお話です。
今回の「読みきり官能小説特集」はいかがでしたか? 今回ご紹介した本は、どこか情けなくて、いつも言い訳をするリアルな女性にスポットを当てた小説ばかりです。
「官能小説」と言うくくりで収めるのは、おかしいかもしれません。
生きていくには、どうしても、ままならない心と身体がついてまわる。「寂しい」と思えば、気がついたらとんでもない行動に出てしまっていた! なんてこともありますよね……。そんな時、良かったら今回ご紹介した小説を読んでみてください。そこには、私たちと同じような主人公が、時に嘘をついたり、傷ついたりしながらも、「性」と「生」にどこまでも貪欲に生きている様子が描かれています。
眠れない夜、女の子の心の隙間を、埋めてくれるかもしれません。