子育てに「手遅れ」はない

高橋「それから、少子化で「子は宝」「子育てや教育環境が大事」ということが言われていますよね。それはその通りで、事実です。

だからといって、(子どもに関することすべてが)おかあさんの責任だとは言っていないのですが、“でもあなたが産んだんでしょ、あなたが育てているんでしょ、そしてあなたの子育ての結果、子どもの将来が決まるんだからあなたの責任ですよ”って、おかあさんたちには聞こえるんです。

でも、そんな仕事、世の中にないと思うんですよ。もっと言えば、おとうさんはそんな責任、感じていないです、ぼくもそうでしたが。

ぼくがこの本で書きたかったのは、“子育てに関して正しいことは世の中にあるかもしれないけど、そんなことはどうでもいい”ってことなんです。

やりたかったらやってもいいし、でもやらなくてもいいんですよ。やらなかったからといってどうなるもんじゃないよと(笑)」

――うわ、肩の力抜けますね、それは!

高橋「あと、よく聞かれる“〇歳までにこれをしなくてはいけない”ということも、そんなことはないんです。

そういう本は多いですけど、ある時期までにあることをしないと取り返しのつかないことになるということは、ほぼありません。

医学的にクリティカルピリオド(臨界期)と呼ばれるもの以外は」

――クリティカルピリオドとは?

高橋「クリティカルピリオドで一番知られているのは視力です。

人は、ものを見ることによって、後頭部にある脳が発達して、ものを見て理解することができるようになります。

だから、生まれたばかりの赤ちゃんに眼帯を当てていると、当てていた方の目は見えなくなるんです。これは後で取り返すことはできません。ただ、通常赤ちゃんに眼帯はしないですよね」

――そうですね。

高橋「ですから、クリティカルピリオドのように、遺伝子が決めた大事な時期もあえてとんでもないことをしないかぎり、この時期を外したらダメということはないんです」

――“遺伝子が決める”という言葉は、たびたびご本のなかに出てきますよね。

高橋「たとえば、流産についてですが、受精した卵子の3割くらいしか着床しません。着床したとしても、流産はいっぱいあります。そのほとんどは、そもそも卵子や精子に問題があるんです。

遺伝子が途中で”無理!“と判断すると、自分から切るわけですね。

だから本にも書きましたけど、生まれてきたってことは、それだけでOKなんですよ。生まれて来ていいんだよって遺伝子が決めたんです。どんな障がいを持った子どもでもそうです。

ですが、おかあさんは自分を責めるわけです。子どもが熱を出せば、自分が寒いところに連れていったせいじゃないかとか、おなかをこわせば、自分の食事が悪かったんじゃないかとか。

子どものあれこれを自分のせいだと思うおかあさんは、驚くほどたくさんいます。おかあさんの責任感の強さはすごいですね、あれは母性だと思います」

――母性ですか、なるほど・・その結果、”正解“を求めて、世に出回るいろいろな情報に翻弄されてしまうママが多いということですね。

高橋「正しくて力のある情報に振り回されているんですね。ぼくの本なんか、正しいことはあまり書いてなくて、ぼわーんとしてますよね、こーんな感じみたいなね(笑)」

――「子どもがしあわせなら、それだけで、みんなしあわせ」とか、「楽しく食べることがなにより大事です」とか(笑)

高橋「そっちの方が、結局は大事だと思うんですよね。子育てなんか、かわいいから育てるだけですよ」

――そう考えると、気が楽になりますね。

「大丈夫、」と言うのも医者の大事な仕事

――先生のところには、神経系の病気のお子さんを連れたママさんたちが多くいらっしゃるのですよね。そういった方たちの苦労というのは、はかりしれないものがあると思うのですが。

高橋「そうですね。いろんな方がいらっしゃいます。子どもの背が低いことを気にして“とにかく成長ホルモンを打ってください”というおかあさん。

“自分の子はADHDじゃないか、ネットで調べて間違いない”っていうおかあさん。

そういったおかあさんたちに、大丈夫ですよ、お嬢さんはご両親に似て背が低めなだけですよ、息子さんはちょっとやんちゃなだけですよ、と説得するのが医者の仕事です。

病気ではないことを証明をするのも医者の仕事。

これはいわゆる”悪魔の証明”の一種ですね。悪魔がいないことを証明すること、心配ないんだということを説得することは、悪魔、つまり病気を見つけるよりもよっぽど難しいです」

――大変なお仕事ですね。

高橋「でも、やりがいがあるんですよ(笑) 検査しましょう、もう少し待ちましょう、ではなく、できればその場で大丈夫だ! と安心させてあげたいですね。

特に重い神経系の病気の子どもを抱えたおかあさんは、子どもの病気を自分のせいだと思うんです。子どもが脳性まひになったのは、妊娠中に飛行機に乗ったせいだとまわりに言われて、信じているおかあさんもいます。できることなら、一刻も早く安心させてあげたいものです」

――えー! それは傷つきますね…。そんなわけはないんですよね?

高橋「脳性まひの大半が原因不明です。以前はお産のせいだと言われていたんですが、分娩が格段に安全になっても脳性まひは減りませんでした。

ですが、脳性まひというと、お産の時になにかあったはずだとか、おかあさんが妊娠中に無理したせいだとかイメージする人が多いですよね。ですが、本当のところはわからないことが多いのです」