Aiとは〈死亡時画像診断〉、すなわち解剖を伴わない手法で死因を判断するための技術だ。日本では検死解剖制度が十分に機能していないため、ほとんどの死者が死因不明のまま葬られる。事態打開の正解はAiの導入しかないのだが、検死解剖制度に絡む既得権益を手放そうとしない人々は、これを快く思っていない。小説内ではこれまでもAi導入に絡む新旧両勢力の争いが描かれてきた。その闘いにいよいよ決着がつくときが来たのである。現役医師としてAiの必要性を訴えてきた海堂にとっては、総決算の作品と言ってもいい。
海堂作品には、複数のシリーズが同一の時間軸上に存在し、総体として一つのサーガ(大河小説)を形成するという特徴がある。たとえば、高階病院長の若き日々を描いた作品『ブラックペアン1988』(講談社文庫)や、海城大学病院と同じ桜宮市にかつて存在した個人医院・碧翠院を主舞台とした小説『螺鈿迷宮』(角川文庫)におけるエピソードが本書では重要な意味をもって紹介される。その他、地方医療の崩壊を描いた『極北クレイマー』(朝日文庫)や政治スリラー『ナニワ・モンスター』(新潮社)など本書に接続する作品は多い。
大河小説の一部ということは、どの作品を読んでも何かの続篇らしく感じられるということでもある。これが海堂作品を読み出すと止められなくなる原因で、大きな物語の一部を読んでいる感覚に中毒してしまうと、次から次に本を手に取りたくなる。逆に言えば、どの作品から読まなければならない、という決まりもないのである。先ほどから書いているように本書は〈田口&白鳥〉シリーズの完結篇というべき内容だが、これを入門書にして海堂作品を読み始めてもまったく問題はないわけだ。ようこそ、海堂尊の世界へ。
田口公平の物語がここでひとまずのしめくくりとなるということが、私には非常に感慨深かった。シリーズ開始当初の昼行灯ぶりを知っている読者は、「あの田口先生がここまで……」と成長した子供を頼もしく見つめるような気持ちになるのではないか。白鳥圭輔に翻弄されまくっていた田口が、高階病院長に言いように使われまくっていた田口が、本編では重要な役回りを担うことになる。ぜひ一読して確かめてもらいたい。
最後に、ミステリー読者のためにも一言。通読して「おもしろいんだけど、何か引っかかる気がする」と思われる方も出てくるのではないか。小説の裏に、何か語られないものが残っている感じがするはずである。それもそのはずで、実は本書は「宝島社版の」完結篇なのである。本書で描かれている事件の裏にはもう一つの物語が展開していた。それが本年秋以降に出版されるはずの「もう一つの完結篇」だ。『ケルベロスの肖像』と同書は、二作で一対の関係になるのである。いやいや、最後の最後まで楽しませてくれるなあ。
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