「根津のパン」がパン好きから愛される理由

この店では、角食パンも山型パンもスライスせずそのまま棚に置いてある。好みの枚数を伝えると看板娘がスライサーで切り、ビニール袋に入れて渡してくれる。

「面倒じゃないですか」と尋ねたら、「手間を惜しみません」と笑いながら答えてくれた。

この棚にはおいしそうな食パンがたくさん並んでいる/根津のパン
食パンは注文ごとに好みの厚さにスライサーで切ってくれる/根津のパン

4枚、5枚、6枚、8枚。事前に切ったパンを用意することもできるはずだ。けれど、それをしない。パン好きな客一人ひとりと向き合い、野口シェフが朝4時から焼きはじめるパンを届けたいと思っているのではないか。

食パンならどこでも買える。買い物ついでにスライスされたパンをスーパーで買ったほうが早いし、めんどくさくないはずだ。でも、『根津のパン』に足を運ぶのは味はもちろん、看板娘がスライスしてくれる食パンを食べたいからではないか。

近所の子どもも『根津のパン』のパンが大好きだ。食パンが並ぶ棚の脇に、地元根津小学校の4年生が描いたポスターが飾ってある。

地元の小学生が描いてくれたポスターが賞状のように飾ってある/根津のパン

「ものすごくパンがおいしい!」、「ぜひ行ってみてください」と書かれている。子どもの舌は正直だ。子どもに理屈は通用しない。うまいか、そうでないかだ。

最後に、この店の“もうひとつの愉しみ”を紹介する。角食パンと山型パンは毎日焼いているようだが、それ以外のパンは日替わりなのだ。毎日同じパンを焼いたほうが楽だ思うのだが、「そうではない」というのだ。

「毎日同じパンを作っても面白くないし、お客様も面白くないのではないかと思っているんです(笑)」

近所の人にすれば、「今日は何パンがあるかなあ?」と店に足を運ぶ動機になるのかもしれない。

パンは野口将義シェフと3人の女性スタッフが作っている/根津のパン

「好きなパンがあればラッキーと思っていただけると嬉しいです」とは看板娘のひとりで、野口シェフの奥様あさひさん。

お気に入りのパンがあればラッキー。なければ食べたことがないパンを試すチャンスかも。インスタグラムに今日焼くパンの名前を発表しているので、わざわざ足を運ぶパンマニアはチェックしてから出かけるといいだろう。

【根津のパン】
住所/東京都文京区根津2-19-11
営業時間/10時〜19時(パンがなくなり次第閉店)
定休日/月木曜
※すべて税込

東京五輪開催前の3歳の時、亀戸天神の側にあった田久保精肉店のコロッケと出会い、食に目覚める。以来コロッケの買い食いに明け暮れる人生を謳歌。主な著書に『平翠軒のうまいもの帳』、『自家菜園のあるレストラン』、『一流シェフの味を10分で作る! 男の料理』などの他、『笠原将弘のおやつまみ』の企画・構成を担当。