ソウルの変化を伝えるコラムの4回目は、2000年代初頭までは書画骨董を愛でる人たちが集まる渋い街、今は韓国伝統文化をモチーフにしたスタイリッシュな街に変貌した仁寺洞(インサドン)を歩いてみよう。
メインストリートの南側に再開発の波
ひとつ目の動画を見てほしい。
明洞や市庁辺りに泊まっている日本の観光客なら仁寺洞には鍾路の大通り側から入った人が多いはずだ。その記憶をもとにこの動画を再生すると驚くかもしれない。
通りの左手は工事用のフェンスが張られている。ここには60~70年代に建てられた雑居ビルが並んでいたが、すでに撤去されている。
スプレーで書かれた「私有地につき立ち入り禁止。民事・刑事告発する」の文字(動画36秒~)が寒々しい。朝鮮王朝時代に鍾路の大通りで大名行列があったとき、それを避ける人たちが歩いた路地(ピマッコル)にも今は入ることができない。
数年前まではここを歩くとバッティングセンターの「カキーン」という音が聞こえてきた。その奥にあったマッコリ酒場は2年ほど前に姿を消した。
今ではホン・サンス監督の映画『オー!スジョン』(2000年)や『次の朝は他人』(2011年)などで女将や店内の様子を見るしかない。
左手にはセブンイレブンがあったはずだが、いつなくなったのだろう。日本の観光客もここで待ち合わせしたことがある人は多いはずだ。内外の観光客でいつも賑わっていたコンビニだった。あまりの忙しさにぶっきらぼうだった店員の対応がもはや懐かしい。
動画の1分20秒あたりから工芸品の店や筆屋さん、土産物屋さんやギャラリーが見えてくる。仁寺洞らしい風景だ。
右手にはスターバックスが見える(2分28秒)。英文でなくハングルで表記されているのは、20数年前、「仁寺洞のような伝統の街に英語看板はまかりならん」という声に対し、スターバックスが世界で初めて外国語看板を許した例だからだ。
しかし、洋服屋や化粧品店が増え、明洞化が進んだ今となっては、「伝統の街」のかけ声も空しくなってしまった。