慎重さは「大切にされる自分」が伝わる
たとえば、仲のいい同性の友人が「相談したいことがあるのだけど、話してもいい時間はある?」とLINEでメッセージをくれたら、友人の状態を心配するのと同時に気遣ってもらえる自分を実感しませんか?
いきなり電話をかけてきて「聞いてよ!」と言われたら驚くし、それどころじゃなければ集中することもできないけれど、最初にワンクッションがあると「こちらのことも考えてくれている」というサインになりますよね。
慎重さは尊重につながると思うのは、相手の状態を確認する姿勢が「あなたの存在を大切にしている」と伝えるからです。
相手にとって嫌な存在になりたくないと思うからこそ、関わりを持ちたいときに相手の状況を想像するのであって、「いちいち聞かないと連絡もできない自分」ではありません。
なかには「いきなりかけてくれてもいいよ」と言ってくれる人もいて、そういう姿を見ると自分との違いに驚きますが、それはその人が「ワンクッションなくても人を受け入れられる」というスタンスを取っているだけです。
どちらが正解かではなく、人との関わり方にはその人の価値観が表に出るのであり、慎重に進めたい自分の気持ちを無視しないことも、不要なストレスを増やさないためには重要です。
自分が見せる「慎重さ」には、相手を大切にする気持ちが宿ることを、忘れたくないですね。
「臆病さ」を克服するためには
好きな人と堂々と会話する、自分の気持ちを臆することなく伝える、それはその人を好きな自分を確かに受け入れているから叶う姿です。
臆病な人は、そんな自分を想像してもすぐに「無理だ」と決めつけてしまいますが、相手のことを「好きだ」と思うとき、そう感じる自分に胸が張れるでしょうか。
相手に向ける愛情に自信を持っていれば、行動することに疑問を持たなくなります。
「好きだから」連絡する、「好きだから」会いに行く、それを自然に出来るのは、相手に愛情を向ける自分を正しく自覚しているからです。
自信のなさはそもそも相手を好きな自分への自覚が乏しいことが多く、心のどこかで「こんな自分が人を好きになっても」と、他人と幸せな関係を築く状態を諦めているのですね。
それでも、その人を思って胸が熱くなったり悲しくて涙を流したりする自分は確実にいて、その姿は当たり前なのだとまっすぐ受け取ることが強さになります。
どんな自分であっても、誰かを好きになる心に間違いなどなく、それを認めることができれば「好き」を実感できるはず。
臆病さを克服したいと思うときは、まずその人を好きな自分に胸を張れる自分になることを、意識してみましょう。