飾らない“ただの人”というのを描けたらいい

©鶴谷香央理/KADOKAWA

最後に、いつか描いてみたい“理想の作品像”を聞いた。
 

「年齢や境遇が違う人たちが集まって、どうでもいい会話というか、意味のないコミュニケーションというか、“ただやり取りをしているだけ”みたいなものは、いつか描いてみたいです。

森田雄三さんが演出をされているイッセー尾形さんの舞台がすごく好きでよく観ていたんですけど、その辺にいる人たちがただ喋っているをそのまま描写しているだけ、という舞台があって。そういう飾らない“ただの人”というのを描けたらいいですね。

私は特にそういうところがあるのですが、やっぱりどうしてもキレイなものを描いてしまうんです。美しいものにしたいと思ったり、理想というか、“こうなったらいいのに”というものをどうしても描いてしまう。

そうではなくて、撮って出しというか(笑)、スケッチみたいなのができたらカッコいいなと思います。例えば家族の会話って、家族間では通じていても、傍から見たら全然成り立っていないことって、実はよくあると思うんです。そういうものを描いてみたいです。

この作品の終わりに関しては……、もちろん構想がまったくないわけではないんですけど、そこにいくまでにどうしようかな、というのは、いままさに考えながら描いているところです(笑)。

でも例えば、“作品を通してなにかのメッセージを届けたい”、というよりは、出てくるキャラクターたちが普通にこのまま進んでいったらきっとこうなるだろうなあ、というのをちゃんと描けたらいいな、と思います」
 

自由になりたいと願いながら、知らぬ間に自分で自分をがんじがらめにしてしまう。人間ってとても厄介で面倒くさい生き物だ。

でもそんな人間が一瞬でも自由になろうとするとき、その手助けをしてくれるのが、漫画であり、音楽であり、さまざまな表現なのだと思う。そして自分にとって『メタモルフォーゼの縁側』は、まさにそういう表現なのだ。

鶴谷さんが今後描いていくであろう、人間そのものがゴロッと立ち現れるような作品たちに想いを馳せつつ、まずは本作の続きを連載で追いかけていきたい。

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©鶴谷香央理/KADOKAWA

『メタモルフォーゼの縁側』著:鶴谷香央理
「コミックNewtype」で連載中