上田監督の初期の唯一の長編『お米とおっぱい。』DVDも同日にリリース

――“カメ止め”のBlu-rayとDVDの発売を記念して、上田監督の初期の唯一の長編『お米とおっぱい。』(11)のDVDも同日にリリースされます。

『お米とおっぱい。』©2011 PANPOKOPINA

これは、僕が大好きな『十二人の怒れる男』(57/監督:シドニー・ルメット)や『12人の優しい日本人』(91/監督:中原俊、脚本/三谷幸喜)にオマージュを捧げた作品でもあるんですよね。

お米かおっぱいが、唯一タイマンを張れるカード!?

――会議室に集められた名前も知らない5人の男たちが、「お米とおっぱい、この世からどちらかがなくなるとしたら、どちらを残しますか?」というテーマで議論をするストーリーでしたが、なぜ、お米とおっぱいだったんですか?(笑)

お米かおっぱいが、唯一タイマンを張れるカードなんですよ!

――分からない、分からない(笑)。

パンとおっぱいだったら、おっぱいがたぶん圧勝しちゃうと思うし、パンとご飯やったら、日本人の場合はご飯が勝つと思って。

それで、まったく土俵が違うのに拮抗するカードは何だろう?って考えたときに出てきたのが、お米とおっぱいだったんです(笑)。

――なるほど。監督の中ではそうだったんですね(笑)。

はい。唯一、タイマンが張れるカードで、それ以上もそれ以下もないと思います(きっぱり)。

――この作品も密室のワンシチュエーションドラマで、6分間の長回しの撮影をやっているので“カメ止め”の原点を見るような気持ちになりました。

そうかもしれないですね。昔からワンカットの長回しの撮影は好きでしたから。

保育園に通っていたころの夢は…

――ここからは、上田監督の素顔にもっと迫っていきたいと思います。いきなりですけど、どんな子供でした?

保育園に通っていたころの夢は“飛行機になりたい”でした。

――パイロットじゃなくて、飛行機?

はい(笑)。で、小学生のときはJリーグブームだったので、Jリーガーを目指すサッカー少年になって、中学生のときに映画とお笑いに出会って、映画かお笑い芸人かで迷った末に、最終的に映画監督を志そうと思ったんです。

――監督になろうと思ったきっかけは?

きっかけというきっかけはないんですよね。映画を浴びるように観ているうちに、自分たちで映画を撮りたくなって、中学生のころからハンディカムを回すようになり、いつの間にか映画を作っていたという感じなんです。

――最初に撮ったのはどんなジャンルの作品だったんですか?

もう本当に他愛もないものを大量生産していました(笑)。放課後になったら「今日は何を撮る?」「あの映画の撃ち合いみたいなものをやってみようぜ」みたいなノリで撮って、日が暮れたら終わる。

それで次の日、また「今日は何を撮る?」から始まる日々を過ごしていたんですけど、高校1年の文化祭のときにクラスメイトと一緒に30分ぐらいの短編映画を作って。

青春群像劇でしたね。作品と呼べるものを撮ったのは、それが初めてだったと思います。

――プロの映画監督になろうと決意したのはいつですか?

プロの映画監督にならなきゃいけないと思って、生きていたことは一度もないんですよね。

舞台をやる僕もいるし、連ドラをやりたくないと思っているわけでもないし、自分の結婚式もすごいエンタテインメントにしたから、「映画監督」と言われることに逆に違和感を覚えるときすらあって。

いまは映画がメインストリームになっているけれど、物作りで人を楽しませる生き方をしていきたいと思ってやってきただけだし、プロの映画監督に固執して生きていたわけではないんです。

上田監督がいちばん好きな映画監督と何回も観ている映画は?

――そんな上田監督がいちばん好きな映画監督といちばん何回も何回も観ている映画は?

いちばん好きな映画監督はクエンティン・タランティーノですかね。

いっぱいいるけど、総合して考えるとタランティーノ。いちばん何回も観ている映画……う~ん、これもいっぱいあるけど、タランティーノの『パルプ・フィクション』や『ミッドナイト・ラン』(88/監督:マーティン・ブレスト)、『マグノリア』(99/監督:ポール・トーマス・アンダーソン)は何回も観ています。

でも、めちゃくちゃ何十回も観るタイプではないですね。いちばん観たものでも、たぶん10回も行ってないと思います。

僕は映画だけに影響を受けているわけではないですから。漫画を読んだり、舞台を観に行ったりして、そんないろいろな経験をいまは映画に集約している感じなんですよ。

上田監督が語る今後のこと

――『カメラを止めるな!』が大ヒットして、すでに次回作の製作も決定していますが、今後はどのように考えているんですか?

インディーズの監督の中にはインディーズの世界で満足されている人もいれば、さらに上のステージを目指している人もいます。上田監督はどちらなのでしょう?

乱暴な言い方をすると、映画を作ることができればそれでいいという自分がいるんですけど、同時にたくさんの人に自分の映画を観て欲しいという気持ちもあるんですよね。

だから、『カメラを止めるな!』みたいな、低予算でフットワークも軽く、そこまで有名じゃない役者たちと一緒に作る映画と、インディーズ映画の何百倍もの人たちに観てもらえるメジャー映画を、どちらも作っていけたらいちばんいいなと思っています。

――商業作品の場合はいろいろな制約も出てくると思います。

そうですね。有名な俳優さんや一流のプロのスタッフと組んだときに、自分の色をどこまで残せるのか? ちゃんとハンドリングできるのか? そこにはいろいろな大人の事情も入ってきて、不自由さも出てくると思います。

でも、その不自由さと戦うのも楽しみなんですよ。「そういうことなら、俺はできません」って言うのは簡単じゃないですか。

でも僕は、あっちが投げてきた不自由さをどう自分が返せるのか? どう戦えるのか? ということも楽しみたいんですよね。

だから、インディーズでやりたいとか、メジャーでやりたいとか、どっちかではないです。どっちもやりたい。両立させたいですね。

気持ちにゆとりを持たせてやらないと、人生生きていけないな(笑)

――上田監督が不自由な条件で挑むメジャー映画もぜひ観てみたいです。

でも、そのときが来ても、「インディーズのときは面白かったけれど、メジャーに行ったら面白くなくなっちゃったな」って言われることもあるかもしれないなという気持ちで臨もうと思っていて(笑)。

もちろん60点、70点みたいな中途半端な映画は作らないぞという気持ちで挑みますけど、もしかしたら、作っちゃうときもあるかもしれない。

それぐらい、気持ちにゆとりを持たせてやらないと、人生生きていけないなと思っているんです。

常に穏やかな笑顔で、物腰も柔らかい上田慎一郎監督。

トレードマークのハットももはや誰もが知るところになったが、エンタテインメント精神に溢れるその素顔はいい意味で意外に頑固で、本人の中に何事にも揺れ動かない1本の太い幹が貫かれているなという印象を持ちました。

そんな彼が、今度は何を見せてくれるのか? 新時代の映像クリエイターが放つ次なる一手に期待したい。

PROFILE

上田慎一郎 SHINICHIRO UEDA

​1984年 滋賀県出身。中学生の頃から自主映画を制作し、高校卒業後も独学で映画を学ぶ。10年、映画製作団体PANPOKOPINAを結成。「カメラを止めるな!」現在までに8本の映画を監督し、国内外の映画祭で20のグランプリを含む46冠を獲得。15年、オムニバス映画『4/猫』の1編『猫まんま』の監督で商業デビュー。妻であるふくだみゆきの監督作『こんぷれっくす×コンプレックス』(15)、『耳かきランデブー』(17)などではプロデューサーも務め、「100年後に観てもおもしろい映画」をスローガンに娯楽性の高いエンターテイメント作品を創り続けている。『カメラを止めるな!』(17)が劇場用長編デビュー作。


​主な監督作:短編映画 『ナポリタン』(16)、『テイク8』(15)、『Last WeddingDress』(14)、『彼女の告白ランキング』(14)、『ハートにコブラツイスト』(13)、『恋する小説家』(11)、長編映画『お米とおっぱい。』(11)、『カメラを止めるな!』(17)。

映画ライター。独自の輝きを放つ新進の女優と新しい才能を発見することに至福の喜びを感じている。キネマ旬報、日本映画magazine、T.東京ウォーカーなどで執筆。休みの日は温泉(特に秘湯)や銭湯、安くて美味しいレストラン、酒場を求めて旅に出ることが多い。店主やシェフと話すのも最近は楽しみ。