当たり前の日常は当たり前じゃない『ワタシとこどもの14章』
鈴木「さてその流れでもう一人。この巨匠も、育児漫画を描いていた!という、いがらしみきお先生の『ワタシとこどもの14章』。これは、思春期から大人の時期にかけての育児漫画だから、我々とは、かなり違う世代の育児なんだけど、すごく考えさせられたなぁ…。
近年のいがらし先生の、ホラー作品(『Sink』『ガンジョリ』)とか、哲学的な作品(『I【アイ】』『誰でもないところからの眺め』)と並べると、すごく、しっくりくるような気もする。
東日本大震災や、ご自身も大病を経験されたり、いのちというものと向き合っている人だからこそ、描ける作品かもって思うんだ。」
Chacco「どんなところから感じるの?」
鈴木「自分の子どもって、若いときに想像してみた人が、実在している…伝説の有名人のようなものだ、っていう表現があるんだよ。それ、すごくわかるなって思うんだよね。
自分自身、自分に子どもが出来るかどうかなんて、実際に産まれてくれるまで分からないじゃない。
今、こうやって、息子君の顔をまじまじ見てると、なんだか不思議なような、当たり前のような、すごく複雑な気持ちになるんだよね。そのなんとも言えない気持ちを、いがらし先生は、すごく的確に漫画に落とし込んでいるなぁって思うんだよね。」
Chacco「日常が当たり前じゃない、というのを、説教臭くなく描けるのはいがらし先生ぐらいかもね。
私は、『ぼのぼの』でいがらし先生を知ったクチだから、『ぼのぼの』独特の"間”とか雰囲気と同じ手法で描かれている作品だから、すごくうれしかったな。」
鈴木「そう言えば、『ぼのぼの』の最新刊(41巻)が、ぼのぼののお母さんの話なんだよね。どうやって、ぼのぼののお父さんと出会って、ぼのぼのを生んで、そして、いなくなってしまったか、という話…。
ぼのぼののお父さんって、よく考えたら、男手ひとつで、ぼのぼのを育てた、イクメンなんだなぁ…って、今、思った…。」
Chacco「口調がぼのぼののお父さんみたいになってるよ!(笑)。いつか、妄想さんに娘が出来たら、これを読んだらイイと思うんだ。
私は一人の娘として、共感するところがありまくるからね。「はいはいわかるわかる!」って、娘としてはこうだったなぁ、って思いながら読めるの。
『ワタシとこどもの14章』を読んでいると、娘と父親の関係っていうのは、どの家でも、ある程度似てるのかな、って思ったりする。もし、うちに娘が出来たりして、「娘のことがわからない」と思ったら、妄想さんはこれを必死に読み込めばいいよ。」