フレームやカメラワークに強い関心を持ったきっかけ

——お話を聞いていると、井口さんはフレームやカメラワークというものに強い関心をお持ちだと感じるのですが、それを意識するようにきっかけは何だったのですか?

井口 感情的な話としては、誰かが作ったか知らない16:9の中で踊るのが嫌なんです。たとえて言うなら、誰かが作ったYou Tubeという環境のなかで再生回数を稼ぐことに興味がないというのと同じで。

その環境自体に、つねにメタな視点を持っていたいんです。

その意味で言うと、僕は映像デザイナーを名乗っていますが、もっと物質的なものを自由に動かせる時代になったら、そちらのデザイナーになるかもしれないと思います。

 あと、カメラワークに関しては、僕はグラフィックを作るときも、一点透視図法による絵のように「先」が見えそうなものが好きなんです。

逆にグラッフィックをやるときの悩みはバシッと画を決めるのが苦手なことで、時間の前後関係が見えちゃう。その画面は動きの中で一部でしかないと知っているから、決められないんです。

そこから、カメラが動くとか視点が動くということへの興味が強くなっているのかもしれないです。

──井口さんの場合、表現は悪いかもしれませんが、視点を面白く移動させるための一種のモチベーションとしてモノを配置している部分があるのかなと、勝手に感じました。

井口 それはそうだと思いますね。僕は京都がすごく好きで、住んでもいたんですが、日本の伝統的な建築や庭園では、移動のなかでものを見せていく文化がありますよね。

庭を歩いていくと、最初は隠れていた風景が徐々に見えてきて、何気ない岩に特別な意味が生まれたりする。

西洋の庭園は、樹木や噴水の豪華な形自体に価値を見ますが、日本庭園は移動によって価値を生む。

物自体をいじることなく、視点だけで伝えていくのは日本人の得意な見せ方なのかなと思います。

今回も、物自体はほとんど動かしていないですが、それでもアニメーションとして成立するんだ、というのを見せたい思いはありますね。

以前作った「ME to ME」という映像作品があるんですけど、それも、美しい庭を造るような感じで平面的にカメラワークを先に決めてしまい、そこに実写に落とし込むという作り方をしています。

よく「意味の分からないことをしているね」って言われますが(笑)

上田 そこまでモーションで全部を捉えている人ってすごいですね(笑)

井口 唐突だけど、僕、高校までキャッチャーだったんです(笑)。キャッチャーって、レフトの方を見ながら同時に一塁ランナーを警戒したりするわけで。

そんな風に、同時多発的に物事が起きていることの気持ちよさの感覚が、根っこにあるかもしれませんね。

コンディションによって変化する映像になってほしい

──平野さんは、作品をご覧になっていかがでしたか?

平野 奥行きをすごく感じました。サイネージの前に立つと高さがあるので、画がぐるっと回ったとき、その中に引っ張られていくような感じがあって没入感を感じました。要所要所になぜかいるカブトムシも気になりましたね(笑)。

井口 ははは(笑)。あれは最後に入れたんです。

平野 それを考えている間に次の画に行っちゃうので、ずっと見続けてしまいます。

井口 子どもが「カブトムシ見に行きたい」と言ってくれる場所になったらいいな、と。

僕も何回も見るうちに急にここに視点が行くなとか、間が持っていないなとか、気になる部分が出てきて、そうすると何か入れたくなる。

それは時間帯やコンディションによっても違う。映画もコンディションによって面白さが違うじゃないですか。自分の映像もコンディションで変わってほしいなと思うんです。

今回、じつは時間や周囲の環境によって映像がどんどん変わっても面白いな、と思っていたんですよね。

──状況によって変化する映像という話は、別のオープニング映像を手掛けた勅使河原一雅さんもお話しされていました。

井口 おそらく最近、多くの映像作家にその共通した違和感がある気がします。

一度提出した映像が、変わらないまま流れ続ける違和感というか。たとえば、僕の映像なら、ずっと回っているんだから、人体がチーズみたいに溶けちゃってもいい(笑)。

紙は風化や経年変化で黄ばんだり破れたりするじゃないですか。その方が自然に感じるんです。

──さきほどのグラフィックデザインにおける「一瞬」の話じゃないですが、見る人や映像を見る環境が一様ではないことがもはや自明になっている。

さらに、映像を変化させる技術も出てきたなかで、映像における「完成」というものが揺らいでいるんでしょうね。

井口 そうですね。それこそ資料に書いた「刹那的な体験」を、どう豊かに映像に内包させるのか。見る人それぞれの、映像に入り込むスイッチをできるだけ多くしたかった。

上田 完成した作品を見ていて良かったのは、これだけの具象物が使われた映像なのに「開かれた作品」であるというところでした。

それこそ、カブトムシに反応しちゃう子どももいるでしょうし、いろんなきっかけがあって。

通り過ぎる瞬間によっても、印象はだいぶ違うはず。答えもないし、遊び心が満載なので、自由な捉え方で見て良いと思います。

「時代の温度感」で意識した「ゲーム」という概念

井口 ありがとうございます。やりながら感じたのは、いま、映像という領域はものすごく多岐に渡っていて、そのなかで自分の映像が試されているという感覚だったんです。

というのも、「アートとデザイン」や「アートと広告」という区分は従来からありましたが、僕が今回、「時代の温度感」という点でとても意識したのはゲームだったんですね。

今回、人物やモノをフォトスキャンしたわけですが、予算もあり全部はスキャンしなかったんです。CGを一から作ったものも多くあった。

すると、「ゲーム」という概念が邪魔をしてきて……。ちょうどこのコロナ禍で多くの人がゲームに親しみましたが、たとえば、『フォートナイト』(米エピック社のバトルロイヤルゲーム)のCGはすごいし、『龍が如く』(セガのアクションアドベンチャーゲーム)の人物描写には高いフォトスキャン技術が使われている。

「ゲームが一番進化しているじゃん!」という発見があって。

 ──これまで別分野だと思っていたゲームがすごく近いものとして見えてきた、と。

井口 その凄みを感じましたね。いわゆる映像の世界では新しい表現でも、ゲームに親しんでいる人にとっては普通の印象になるのかもな、とか。

だから、映像の質感は最後まで詰めました。グラフィック方向に持っていかない限り、いわゆるただのゲーム画面を見せられている風になっちゃう。そこは難しいラインだったし、面白かったです。

若い作家にも大事にして欲しい“世代で感じる温度感”

──ゲームも含む幅広いジャンルのなかで、映像の担い手たちが自分を位置付ける立ち位置はますます曖昧になってきている。

そのなかで、このモーションコリドーでは今後も若い作家が映像作品を発表する予定です。

井口さんから、そうした難しい時代に挑む若い作家に何かをアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけますか?

井口 アドバイスは……ありません!(笑)。いや、「一生懸命作る」ってことだけだと思いますけどね。

ちょうど2020年は区切りの年だと思っていて、さきほどオリンピック関連でピクトグラムを動かす仕事の話もしましたけど、僕がグラフィックを動かす作品を作り始めたのは10年ほど前なんですね。

その自分に、いまようやくグラフィックを動かしてくれという大きなオーダーが入る。そこには正直、ディレイ(遅れ)があるわけです。オリンピックは大きな区切りとして重要だけど、やっぱりズレがあると思うんです。

それで言えば、若い人には、「いまさらピクトグラムが動いたの?」とか、「それならAR(拡張現実)技術を使ったほうがいいんじゃない?」とか思ってほしい。

僕は自分の世代が感じる時代の温度感を伝えてきたけれど、若い人が感じるそれ は違くて当たり前だと思うんです。

もしかしたら、「サイネージ」というもの自体を新鮮に思わない人たちや、「動くグラフィック」より、それが「動かない」ことに価値を見出す世代がいるかもしれない。

何にしたってその世代で感じる温度感をアウトプットするしかなくて、そのときどきの個人の感覚を真剣に刻んでいってほしいですね。

最後に3Fラウンジ「CLUB 38」にある雑誌表紙風フォトスポットで!

井口皓太/Kota Iguchi
1984年生まれ、2008年武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。動的なデザインを軸に、実写やCG、写真、モーショングラフィックスなど領域を横断した表現を探る。主な受賞歴にNY ADC賞、D&AD賞、TDC賞など。ARTISTS’ FAIR KYOTO 2020アドバイザリーボードメンバー

上田昌輝   Masaki Ueda 映像ディレクター
1993年生まれ、Bascule inc.所属。MVや広告映像のディレクションから、インタラクティブコンテンツ制作まで、映像領域をデザイン。映像作家100人2019選出。2019年、野外フェス「岩壁音楽祭」立ち上げ、音楽領域でも活動中。

平野 淳   Jun Hirano ぴあ株式会社 共創マーケティング室 分析ユニット 兼 アリーナ事業創造部 企画ユニット 兼 戦略企画室
2014年ぴあ株式会社入社。チケット販売サイト「チケットぴあ」の新規サービス企画・開発や、音楽イベントのチケット仕入営業を担当。現在は、横浜・みなとみらいに新設された音楽アリーナ「ぴあアリーナMM」の体験型コンテンツの企画を担いながら、顧客分析や新規事業企画などに携わる。

「ぴあアリーナMM」モーションコリドー

デジタルサイネージ放映時間:11:00~20:00 *7/1(水)~当面の間
アートインスタレーション放映時間:毎時00分、30分~
※ぴあアリーナMMでの公演の有無に関わらず放映されます。※放映スケジュールは急遽変更となる場合がございます。

 

ライター。武蔵野美術大学大学院修了。出版社勤務を経て、現在は美術系雑誌や書籍を中心に、記事構成・インタビュー・執筆を行う。主な媒体に美術手帖、CINRA.NET、アーツカウンシル東京関連。構成として関わった書籍に、卯城竜太(Chim↑Pom)+松田修著『公の時代』、筧菜奈子著『めくるめく現代アート』など。