横浜みなとみらいに今年7月10日に開業した新施設「ぴあアリーナMM」。
普段から多くの市民や通勤者、観光客が行き交い、公演時には最大1万2千人の観客が訪れるそのエントランス前の空間「Motion Corridor(モーションコリドー)」で、7月1日より、映像と音響によるインスタレーションアートの放映が開始された。
約50メートルの通路にある8本の柱には、それぞれ55インチの縦型ディスプレイ2台を使った、巨大な縦長のサイネージが設置。
今後、この環境を舞台に、さまざまなクリエイターの作品が展開される予定だ。
今回は、その記念すべきオープニング作品を制作した3名の映像作家のうち、シュールで個性的なアニメーション『エウロパ』を手がけた山田遼志、企画・制作を担ったバスキュールの上田昌輝、「ぴあアリーナMM」の体験型コンテンツの企画を担当するぴあの平野淳による座談会をお届けする。
街に開かれた実験的な空間における作品づくりで、彼らはどのような点にこだわり、何を考えたのか? そこから見えたパブリックアートの可能性とは?
現実にあり得ない世界を描くアニメーションを“超縦長”のフレームで 山田遼志 × 上田昌輝 × 平野淳 座談会
── 公演日には最大で1万2千人の人が訪れるこの「Motion Corridor」。
アート作品を流し、観光客や、この街に在住・在勤する人々に向けたパブリックアートの場となっています。
山田遼志さんに作品をオファーした理由はどんな事でしょうか?
上田 3名のアーティストさんに映像制作をお願いしていますが、アニメーション作家の方は必ず1人はお願いしたいなと思っていました。
「9:32」っていう、超縦長のサイネージでアニメーションって一体どんな感じなのだろうと思ったのが最初のきっかけです。
アニメーションの良さは、現実にあり得ない世界を描ける所にあると思っていて、それに加えて超縦長ってどんな表現が出来るのだろうと。
簡単に言うと、物が上下に移動していくとか、りんごが無重力で上に登っていくとかあると思うんですけど、そういうすぐ思いつける発想だと、どうしても斬新な映像にはならないだろうなと思いました。
この「9:32」という縦長を、大喜利力というか、ユーモアのあるアイデアで面白く作ってくれる方がいいなあと思い、山田さんにご相談させていただきました。
山田 僕がアニメーション制作をした「キセル」のMVを見てくださったんですよね。
上田 そうです。無重力感がすごく良いなと思って、勝手に縦長の枠に当てはめて見ていたりして。
山田 あれは水彩でアニメーションを作っているのですが、時間がすごくかかるのと、レギュレーションがしっかりしているクライアントワークとかだとあんまり採用できる機会がなくて。
またどっかでやりたいなぁと思っていたら、ちょうどそれをリファレンスにしていただいていたので、「またやれるんだ!」っていう感じで嬉しかったです。
普段作っているアニメーションは「16:9」で横長なんですよね。
横長って、横の移動だったりとか、横と奥の空間の移動によって映像の中に空間を出すんですけど、縦だからこそ面白い表現が出来るかもと考えました。
上田 特に本作はショートフィルム形式でストーリーがあるので、縦長でショートフィルムとなると、なおさら珍しいですよね。
山田 他には無いと思います。
上田 「落ちてくる」というのは一つあったとして、その他は最初にどういうものを取っ掛かりにしてアイデアを出されたんですか?
山田 上田さんとオリエンする中で、「8本柱があって、その間に人が並ぶ」と伺っていたので、という事は、ここに並んでいる人を覆うような作品になるんだろうなと思って。
その人たちの周縁を描かければ良いなと思ったんですね。
毎回そうなんですけど、作品を作る時は、散文詩だったり、詩にもならない様なその空間を思い描いた感じの文章をバーッと書くんですよね。
それが字コンテになるんですけど、そこからいろいろ精査していってモチーフを選んでみたりとかして、絵を選んでいきます。
上田 字コンテというか、本当にプロットですよね。プロットが出てきて、そのプロットから絵を考える。なるほど、なるほど。
山田 色々なイメージみたいなものを精査するために、まず文字から考えて、それを絵にしていくみたいな。
たくさんのイメージを最初から絵にするとまとまらないから、まずストーリーを考えます。
上田 山田さんは脚本込みでいつも考えていらっしゃいますよね。もうずっと前からそういうスタイルなんですか?
山田 大学を出て、3年働いてフリーになって、そこからドイツに留学し、「フィルムアカデミー」というところに1年間在籍していたのですが、その時にかなり鍛えらました。
そこには世界的な作家さんがいたので、弟子入りしに行くみたいなかたちで行ったんですけど、その方がよく一緒にやっている脚本家の人にもつかせていただいて、その人の脚本の作り方というのをいろいろ教えてもらいました。
日本にいる時はアニメーションを独学でやっていて、プロットの様なものは作っていたのですが、ドイツの先生には「普通の脚本の作り方じゃないよね」と言われて、「(山田さんの作品には)メタファーがめちゃくちゃあるから、1個1個のメタファーのつながりをちゃんと理解しながらまとめていけ」みたいな。
それをかなり、本当にセラピーみたいな感じで対談してやっていくんですよ。そのやり方を日本に帰ってきてからも続けています。
ドイツから帰ってきてまだ1年くらいなので、まだ浅いんですけどね。
前は、絵から文章でつなげていくみたいなことをやっていたんですけど、最近は絵を文章で削っていくみたいな感じにしています。
独自の世界観を生み出す「水彩アニメーション」
── コロナ禍での作品作りはいかがでしたか?
山田 本当に時間がかかりましたね。
元々はアシスタントもいて、そんなに時間をかけない座組みにはなっていたのですが、アシスタントの子がおじいさんと住んでるから、コロナの感染防止の為に作業場に呼べなくなっちゃって。
単純計算で倍の作業が発生してしまって。
上田 本当に予想つかない事態でしたものね。
紙に水彩で描いて、それをスキャンして映像にするっていうやり方ですか?
山田 いえ、パソコンで1回アニメにして、それを印刷して、水彩で描いて、またスキャンする。
アニメを2回描いているんです。水彩紙だから1枚ずつしかできなくて。普通紙でやればそんなにかからないんですけど。
今回の場合は1枚10分くらいかかっています。
それを1,000枚いくかいかないかくらいの枚数やるのと、「あ、ここ描き忘れた!」とか、チェックして修正して…の流れもあるので。すごく非効率で、ちょっと今回はやりすぎました(笑)
── そこまで大変な想いをされて、全てデジタルにしないというのは、表現に差が出てくるからなのですか?
山田 そうですね。どれだけ一般的なメインストリームから外せるか、という想いで作っているので、パソコンで描いちゃうとちゃんと作っちゃうというか。
色もしっかり塗ってあって遊びが無い感じになってしまう。
水彩だとどうしても滲みや歪みが出るし、パソコンの水彩画風というのもあるのですが、それは「水彩のテクスチャが乗っている」だけになってしまうので。
上田 聞いているだけで大変そうですよね……作業時間にかかった時間でいうと、2ヶ月半くらいか。
山田 企画している時が一番楽しいんですよ。
「こういうのやりたい」と話して、OKもらって、話すうちにまたアイデアが膨らんで。で、実際に作業をはじめると「これ大変だなぁ、やりたくねぇな〜」みたいな。
「なんであんなこと言っちゃったんだろうなぁ」って。
「オールデジタルにしようかな、今ならバレねぇかな」っていつも後悔しながらやってます(笑)。