多くの人が、好きなアイドルやアーティストのポスターを部屋に貼ったことがあるだろう。
好きなモノを生活の一部にして、いつでも近くに感じて過ごしたい――そんな思いを爆発させ、車に乗せて部屋の外に飛び出しているのが、「痛車」のオーナーたちだ。
誰よりも作品やキャラクターを愛している証しとして、ステッカーで車体をラッピングし、ダッシュボードや車内をグッズで満たす。周囲から浮くような〝痛さ〟こそが、彼らの勲章でもあるようだ。
ということで、今回は眺めるだけでも奥深い痛車文化の楽しみ方から、オーナーのコメントを添えた「痛車ギャラリー」、果ては基本的な痛車の「作り方」までを網羅してみた。
さっそく、知られざる痛車の世界を覗いてみよう。
アキバカルチャーのエキスパート=柿崎俊道さんに聞く「痛車論」
大好きな作品でラッピングされた車に乗ってみたい人も、入魂の痛車を少し遠くから眺めていたい人も――。〝痛車文化〟を楽しむためのポイントについて、アキバカルチャーに詳しい柿崎俊道さんに聞いた。
「〝痛車〟という名称は、そもそもオーナーたちが自称することで定着しました。この作品(キャラクター)がこんなに好きなんだ、ということを痛々しいほどにアピールしながら、大好きなモノに囲まれて移動する――痛車は、いわば〝移動する秋葉原〟なんです」
そう語るのは、アキバ文化に詳しい聖地巡礼プロデューサーの柿崎俊道さんだ。関心の対象が演歌歌手やアイドルであれば、古くから「デコトラ」という文化のなかで見られてきた。アニメやゲームのキャラクターをモチーフにして、一般車をラッピングする「痛車」が登場したのは、01年頃だとされている。
近年では『痛Gふぇすた』などの大規模なイベントが開催さもあったという。車体にステッカーを貼るだけにとどまらない〝痛々しい〟までのこだわりこそが、日常と非日常の境界を曖昧にする痛車の面白さだ。
「最近では、もはや〝痛い〟と言えないようなスタイリッシュなラッピングカーも増えてきました。それはそれで見た目に華やかものですが、原点はあくまで、助手席や後部座席に『嫁』(愛するキャラクターの等身大フィギュアなど)が乗っているような、リビドー全開の車にある。自分が好きなものを実在させるんだ、という純粋な思いが生み出す〝痛さ〟が醍醐味なんです」
痛車オーナーのこだわりは、作品のファンだけにしか分かられ、また世界最大の同人誌展示即売会=コミックマーケットが一般的に知られるようになったこともあり、痛車に乗ることのハードルは少しずつ下がってきているようだ。しかし、柿崎さんは「痛車を深く味わうなら、日常的な趣味ではなく、やはり非日常的な〝痛いもの〟と認識したほうが楽しい」と言う。
「オーナーたちはまさに非日常の世界に入りたくて、痛車に乗っている面がある。作品の世界にどれだけ没入できるものになっているかが、痛車を評価するひとつのポイントだと思います」
柿崎さんが出会った車には、車内に複数台のモニターが設置されていて、エンジンをかけるとともに、アニメのオープニングが流れる仕組みを備えたものない、細かなものもある。例えば、『機動戦士ガンダム』の人気キャラクター=赤い彗星シャアが乗る〝シャアザク〟の色は「赤」だと思われがちだが、実は「サーモンピンク」がオリジナル。ファンであることをデザインという形で表明するからには、彩色ひとつにも気が抜けない。
「こだわりをわかってくれる仲間がいれば、オーナーはうれしいもの。知っている作品の痛車を見かけたら、オーナーに声をかけて非日常に触れてみてはいかがでしょうか」
痛車を深く味わうための心得
壱、痛車は「移動する秋葉原」だ!
自分の好きなもので満たされた空間をそっくりそのまま動かす痛車は、オタク的志向を持つ人にとって、まさに“移動する秋葉原”。周囲からは異質なものに映るが、自分で乗ってみれば意外に気持ちいい?
弐、痛車の真髄は地方にあり!
単純に「都心には集まるスペースがない」という理由もあり、痛車は地方で花開いた面がある。人気作品の舞台になった“聖地”では、町おこしのためにイベントが行われることもあり、質の高い痛車が見られる。
参、リビドーこそ痛車の醍醐味!
スタイリッシュなデザインもいいが、愛が暴走したような痛車こそ“非日常”の世界に連れて行ってくれる装置になる。計算されていない、カオスなデザインでも、愛があれば「いい痛車」なのだ。
柿崎俊道
聖地巡礼プロデューサー
『月刊アニメージュ』(徳間書店)、スタジオジブリなどで編集・執筆に携わり、05年に『聖地巡礼 アニメ・マンガ12 ヶ所めぐり』を発表。
国内外でアニメ・ゲームイベントを多数主宰する。