自分の気持ちを大切にすることは「反発」ではない

小さい頃からこんな母親が近くにいると、言うことを聞かないだけで何時間も小言が続いたり、不機嫌さをあらわにする姿に恐怖を感じて謝ったり、顔色をうかがいなら生きることが当たり前になります。

自分の意思をそのまま受け取ってもらえず、何かすればネガティブな言葉ばかりぶつけられていると、いずれ自信を失いますよね。

それでも自我が成長すれば母親の言葉のおかしさに気がついてしまいます。

「私はこうしたい」と伝えると今度は「心配しているのに」「どうして言うことが聞けないの」とそれも無視され、わかってもらえない怒りと悲しみばかりが募るのです。

考えないといけないのは、「自分と母親は違う人間であり、持つ意思も価値観も違っていて当然」という客観視であり、それを認められずただ従わせることだけを望む母親はおかしいのだとしっかり意識することです。

母親の在り方を否定するのはつらいですが、心の境界線を引けているのなら子どもの価値観をまずはそのまま見るのが正解であり、「こちらの気持ちをいっさい聞かない」のは支配が目的であることを、思い出す必要があります。

母親が怒ったりヒステリーを起こしたりする姿を見れば大きなショックが生まれ、「逆らった私がいけないのだ」と思わされてしまいますが、それこそ母親が望む子どもの在り方でしかなく、自分の意思を抑えながら生きるのは健全とは決していえません。

母親であっても自分とは違う人間であり、己の気持ちを大切にするのは反発ではない、とまずは考えましょう。