【伝説 その7】本人はトップ下でプレーしたいと思っていたが、なぜか右サイドで起用されることが多い。それでいて、プロ生活でGK以外のポジションはすべてプレー経験している
これは事実。「右サイドはずっとやりたくないなと思っていた」とも激白。「それなのに、右サイドで日本代表に選ばれちゃったから、なんか自分としては喜んでいいのか悲しむべきなのかわからなかった」と吐露する。
なぜそこまで右サイドが嫌だったのか質すと、「真ん中にくらべたら、おもしろくないでしょ」とのシンプルな回答が返ってきた。「だから、自分なりに右サイドでの楽しみを見つけようとして、昔で言えば清水時代のアレックス(三都主)とか、有名な選手とマッチアップするときは『絶対止めてやる!』って気持ちでプレーしていましたね」
【伝説 その8】Jリーグでは6割の力でプレー、海外クラブ相手だと8割の力でプレーしていた
さすがにこの噂は「そんなことはない」と否定。ただし、「そういうふうに見られていたのでしょうね」と苦笑いを浮かべた。
「まあ、たしかに有名な選手とやるときは気合いが入っていたところはあったけど……でも、ちゃんとやらないとやっていけない世界なので。6割で通用するなんて、そんな甘くはないので」と珍しく語気を強めた。
インターネット上の噂を直撃するという、失礼な企画ながら、嫌な顔ひとつ見せずに、ひとつひとつ答えてくれた山田暢久。それどころか、「何で、こんなこと知られているのだ」と驚きの表情すら浮かべていた。
そんな山田(どんな山田だ! というツッコミはさておき)が、7月5日(土)・埼玉スタジアム2002で引退試合に臨む。福田正博から「ミスターレッズ」の名を継いだ男の最後の花道をぜひ。
INFORMATION
山田暢久引退試合『NOBUHISA YAMADA TESTIMONIAL』
浦和レッズ×レッズ歴代選抜 Rest of the REDS
日時:7月5日(土)17:00
会場:埼玉スタジアム2002
レッズ歴代選抜 Rest of the REDS出場予定選手: ギド・ブッフバルト(監督兼選手)/ロブソン・ポンテ/都築龍太/堀之内聖/田中達也/岡野雅行/福永泰/内舘秀樹/酒井友之/小野伸二/田中マルクス闘莉王/ワシントン/福田正博/池田伸康/室井市衛/宮沢克行/城定信次/ネネ/安藤智安/坪井慶介/平川忠亮/鈴木啓太
PROFILE
山田暢久
(やまだのぶひさ)
1975年、静岡県生まれ。1994年に藤枝東高を経て、浦和レッズ入り。デビュー当時は福田正博と2トップを組む。1995年以降は右サイドバック、右ウイングバックとしてレギュラーに定着。以後、トップ下、ボランチ、センターバックなどGK以外のあらゆるポジションをこなす。
2004年にキャプテンに就任。2003年『ナビスコカップ』、2005・2006年『天皇杯』、2006年J1リーグ戦、2007年『ACL』と数々のタイトル獲得に貢献。2013年、史上3人目、同一チームでの記録は史上初となるJ1リーグ戦500試合出場を果たす。2002年から2004年にかけて日本代表にも選出される。2013年シーズンを以って、現役引退を発表。J1リーグ戦501試合25得点。国際Aマッチ15試合1得点。