生き方も働き方もこれ!という正解がなくなり価値観の多様化が進んでいます。

妊娠・出産・育児や介護、パートナーの転勤に伴う帯同、会社の吸収合併など、一筋縄ではいかないキャリア形成にモヤモヤ感を募らせている人も多いのではないでしょうか。

共働き未来大学はそんな時代をより豊かにサステナブルに生きるための情報発信を行うコミュニティ。

夫婦など家庭の中はもちろん、職場についても “共に働く”意識がもっと高まれば多様な働き方が浸透するのではと考え、情報発信を始め、イベント企画、企業との協業などを行っています。

ファウンダーの小山佐知子さんはご自身の不妊治療の経験をきっかけに独立し、仕事と育児の両立支援や法人向けの人材活用コンサルティングを行っています。

そんな小山さんの声かけのもと、共働き未来大学はこの度、試行錯誤しながら自分らしいキャリアや働き方、生き方を模索している女性たちをゲストに迎えたイベント『「はたらく」をもっと自由に、豊かに、私らしく。ー Lifeの波に乗りながら働くゲストに学ぶ、3.0時代のライフキャリアー』を開催しました。

等身大のロールモデルとともに語り合い、熱い盛り上がりを見せたイベントの様子をレポートします。

フリーランス、独立、複業… 3.0時代を生きる女性のライフキャリアに迫る

小山佐知子さん

イベントのタイトルにもつけられている「3.0」というワード。日本3.0Web3.0など新しい時代を表象するキャッチコピーなどでも目にすることが増えました。

男女雇用機会均等法の施行により女性が社会進出し始めた1.0時代、家庭や子育てと仕事の両立、もしくはそのどちらを選ぶかで揺れ動いていた2.0時代を経て、男女ともに仕事も、暮らしも楽しむ3.0時代へ時代が移行しています。

そのことについて、小山さんは「女性の活躍!と叫ばれていた時代から、子育てや介護など制約があっても活躍できる社会、従来の『こうあるべき』という考えに縛られることなく、ライフもワークも多様が当たり前の社会にならなければ」と語ります。

大ベストセラーとなったリンダ・グラットン、アンドリュー・スコット 著『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』が示すように、これから先、一つの会社で定年まで勤めあげて、退職したあとは年金で余生をという決まったコースはなく、ひとりひとりが100年という人生を模索する時代に突入していきます。

左から宮下菜穂子さん、齋藤有子さん、乾千恵さん、吉田佐香枝さん、筒井陽子さん

ワーキングマザーは会社に先例がなかったし、歓迎されないかもと思った

その中で、小山さんとゲストの皆さんがそれぞれ、どのようなライフイベントやキャリアを経て現在に至るかをパネルディスカッション形式で話しました。

宮下菜穂子さんはPR会社に勤めながら、共働き未来大学にプロボノとしても参画しています。現在3歳の男の子のママでもある宮下さん、実は新卒で入った会社が入社半年でリーマンショックの影響を受けて上司がリストラされるといった会社の危機に見舞われたそう。

「不況だったので、第2新卒でほかの会社に転職することも難しいだろうと感じ、就職活動からどうしてもPRの仕事がしたいと思っていたので、会社の危機的状況を抜けるまでがむしゃらに働こうと決めました」(宮下さん)

その後、会社自体も危機を乗り越え、入社4年目くらいから仕事がめきめきと面白くなり、キャリアを堅調に積み上げていった結果、会社で現場のワーキングマザー第1号となることに。

「会社に先例がなかったし、歓迎されないかもと思いました。ワーキングマザーの働き方に関する本を読み漁った時期もあります」と手探りで進んできた宮下さんは現在はフルタイムで復帰し、共働き未来大学のPRや広報にプロボノとして携わるなど、複数のキャリアを歩んでいます。

フリーランスの場合、気になるお給料と待遇

齋藤有子さんは、15年会社で働いたあと、6年間フリーランスを経験し、昨年独立。「マモル」という子どもをいじめから守るサービスを立ち上げました。

「ずっと独立したいという気持ちは持っていたし夫や周囲からも薦められていたのですが、なかなか踏み切れなくて、『やるやると言って結局やらないんでしょ?』なんて言われていた時期もありました。

でもいざ独立すると『君ならやると思っていたよ』なんて言われましたけど」と、独立に至るまでは長い道のりだったようです。

乾千恵さんは、人事コンサルタントとしてベンチャー企業に勤めていたときに、あまりのハードワークで眠れない、メンタルが追い込まれるなどの不調に悩まされ、退職。その後フリーランスに転向し、現在は複数の企業で人事担当者として従事しています。

雇用に縛られない働き方として注目を集めるフリーランスですが、やはり気になるのはお給料や待遇について。

小山さんから「お金の面でやっていけるだろうかという不安はなかったですか?」と聞かれると、「本当に病気になってしまったら実家に連れ戻されるという不安があって、それなら病気になる前に辞めようと。ある意味、メンタル的にもフィジカル的にも落ちてしまったから、フリーランスになれたのかも」と振り返る乾さん。

過去のご縁がきっかけでフリーランスになってからも仕事が途切れたことはないんだそう。

齋藤さんの例も含め、独立やフリーになるタイミングは人それぞれということがよく分かります。