『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』 © 2021映画「ヒノマルソウル」製作委員会

例えば、夫、父親としてのシーン。団体の競技開始を前にしたテストジャンプを飛び終えて、スキー板を外す西方。ギャラリーもいるミックスゾーンで、顔を上げるとそこに妻の幸枝と3歳になる息子の慎護がいる。ふたりを前に、「俺、引退するよ」と口にする西方。それに対して幸絵は、ただひと言、「……うん」とだけ返す。

幸絵を演じるのは、これまでにも数々の作品で田中と共演してきている土屋太鳳。淡々としたやりとりながら、それぞれの言葉にできない思いもにじむ。

そして、「じゃ、行くよ」とつぶやいて戻っていく西方。このひと言は台本にはなく、現場で田中が口にしたアドリブだ。「じゃ」と「~よ」の優しさ。自然な言葉でトーンながら、近しい人にしか出さない素顔や見せない愛情が何より伝わってくる。優しさの裏で弱さや切なさも感じさせて、西方自身もいとおしく思えてくる。

後輩の前、仲間の前、妻の前、また子供の前で、それぞれ違う表情と口調を見せる西方=田中。そこにひとりの男のリアリティが漂う。何気なさにこそ、田中のすごさがある。

『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』 © 2021映画「ヒノマルソウル」製作委員会

一方で、撮影の“舞台裏”でも田中は“らしさ”を存分に見せている。慎護を演じる子役の加藤斗真くんがお菓子に夢中になっていると、それこそパパのように後ろからハグしながら「(撮影が)終わってから~!」と厳しくも優しくなだめて見せる。

また、1994年のリレハンメルオリンピックの団体競技後のシーン。日本代表メンバーである葛西紀明役の落合モトキ、岡部孝信役の大友律、そして原田雅彦役の濱津隆之との場面だ。

落合の衣裳のビブスがずり上がってしまっていて、スタッフから下げてくださいという指示が入ると、それを聞いた田中はふざけてわざとビブスを上げて見せた。スタッフはたまらず、「逆ビブスやめてくださ~い(笑)」。

『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』 © 2021映画「ヒノマルソウル」製作委員会

ハードなスケジュールで体力勝負であることはもちろん、雪を舞台に細心の注意を払う撮影や、繊細な芝居が求められる撮影が続いた本作。その中にあって田中の誰に対しても分け隔てないフランクさ、持ち前の茶目っ気と周囲を盛り上げようとするサービス精神は、何よりビタミン剤ともカンフル剤ともなったことは間違いない。

映画屈指の名シーンの裏側

『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』 © 2021映画「ヒノマルソウル」製作委員会

また、テストジャンパーたちの先輩としてのシーン。そこには周りを受け止めながら、同時に周りを引っ張っていく西方=田中の姿があった。

長野オリンピックの団体の本番。前半戦が終わった時点で、日本は原田の飛距離が伸びなかったこともあって4位に甘んじていたが、次のジャンプで逆転の見込みは大いにある。しかし、猛吹雪で競技が中断。中止となれば、前半の順位でメダルが確定してしまう。

そんな中で大会役員は、テストジャンパー25人が全員無事に飛べたら競技を再開するという判断を下す。ただ、この状況下で結果を出すのは至難の業で、またそもそも飛ぶこと自体があまりに無謀で危険すぎる……。

『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』 © 2021映画「ヒノマルソウル」製作委員会

この試練こそが映画の要で、また史実に基づく感動秘話の肝となっている部分だが、それぞれの思いがあった中で、飛ぶという決断をテストジャンパーたち自身が選ぶことになる。

古田新太演じるコーチの神崎幸一、山田裕貴演じるテストジャンパーの高橋竜二、眞栄田郷敦演じる南川崇、小坂菜緒(日向坂46)演じる小林賀子らが集まっての作戦会議のシーン。自分のために、五輪のために、日本の金メダルのために、裏方であっても危険であっても飛びたい。飯塚健監督がそれぞれの芝居にアドバイスを加え、さらに熱は高まっていく。

『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』 © 2021映画「ヒノマルソウル」製作委員会

西方は後輩たちの思いを受け止めるように、一方でその思いに感化されるかのように話を聞いている。その中で田中自身も何か感じ入るところがあったのか、若い俳優陣にこのシーンの状況と心情を語って見せる。

物理的にも精神的にも、芝居での立ち位置はそのまま。若い俳優陣は田中の言葉を真剣な面持ちで、深く頷きながら聞き入っていた。