6回に渡って旅の疑似体験をしていただいた鍾路3街(チョンノサムガ)ツアーも今回が最終回。総集編として、このエリアの魅力をあらためてお伝えしよう。
コロナを忘れる街
鍾路3街の屋台の灯をスマホのレンズ越しに眺めていると、一瞬コロナのことを忘れる。私が10年以上前から見つめてきた変わらぬ路上酒場の風景だ。
ところが、ディスプレイ画面をズームすると、酔客がマスクを上げ下げしながら話したり飲んだりしていることに気づく。残念ながら、状況は1年半前とほとんど変わっていないのだ。
それでも、酔客たちは楽しげだ。嬌声をあげる女子会グループ、見つめ合うカップル、おしゃれなゲイの男の子たち……。
90年代末、IMF事態で我が国が深刻な経済危機に陥っていたときも、ソウルの繁華街は元気だった。当時のアジアの都市のなかでは香港と並んでネオン看板が大きく派手だったこともある。人々の声も大きく、身振り手振りも激しい。
アセチレンランプが連なる屋台街を見て、「韓国は毎晩夜祭りをやっているようですね」と言った日本の知人もいた。
2002年の韓日ワールドカップ以降、ソウルの西洋的洗練が進み、地下鉄出入り口脇の地べたで海苔巻きを売るような人はほとんど見られなくなったが、鍾路3街はソウルの中心部に位置しながらも、アジア的な猥雑さを失っていない。
鍾路3街、2つの磁場
屋台街
鍾路3街エリアには屋台が集まっている場所がいくつかあるが、もっとも壮観なのは地下鉄5号線鍾路3街駅3~6番出入口のある300メートルほどの通り沿いだ。
屋台の数は2018年頃がもっとも多かった。コロナ以降、屋台も客も3割くらい減り、営業も22時までなので“不夜城”感は薄れたが、“夜祭り”感は健在だ。
屋台で提供される料理はパジョン、イカやタコの激辛炒め、ホヤの刺身など多彩だが、最大の酒肴は酔客である。とくに韓国のLGBTのなかでももっとも脱・隠花植物化が進んでいるゲイの男の子たちが、人目も気にせず酒とおしゃべりを楽しんでいるのを見ると、こっちまで楽しい気分になる。
近くにシニアの憩いの場「タプコル公園」があるせいで、かつて屋台街の客は60代以上の男性客が多かった。そこにゲイの男の子たちが加わり、2017年頃から屋台通り北側の益善洞(イクソンドン)の伝統家屋街がおしゃれにリノベーションされて若者が集まり、屋台街の客層も20代まで拡がった。
ソウルが誇るY字路
世の中には変わった趣味の人がいて、日本や台湾のY字路の写真を撮ってはSNSに上げる人がいる。それまで私はY字路に無関心だったが、鍾路3街駅6番出入口の北側にあり、夜は酔客の往来が絶えない人気焼肉店「味カルメギサル専門」がY字路の又の部分に位置していることに気づき、意識するようになった。
人と人とが出会う場所だからだろうか、Y字路には磁場としかいいようのない陽の気が漂っている。Y字路を愛する写真家たちの気持ちが少しわかったような気がする。
陽の気のせいか、この店で飲むと気分が高揚し、飲み過ぎて正体をなくし、財布やスマホを忘れることも少なくない。いわば小さな魔宮。みなさんがコロナ明けに訪れることがあったら、くれぐれもご油断なく。
冬場、この店は大きな屋台のように見える。店の正面と脇の路地にはドラム缶テーブルが7、8卓並び、そこが赤と透明のビニールの幌で覆われている。
その姿は線香花火のようであり、サーカスのテントのようでもある。飲み食いする場所を超えた映画的な風景である。
ソウルも市長が変わり、来春には新しい大統領が誕生するので、旧市街の街並みも保存か? 再開発か? どちらに転ぶかわからない。もちろん鍾路3街も例外ではない。
海外旅行が解禁されたら、空港から真っ先に鍾路3街に向かってもらいたい。
鍾路3街とは?
ソウル旧市街(漢江の北側)の観光地・仁寺洞(インサドン)の東隣りに位置する庶民の歓楽街。おじいちゃんの憩いの場、巨大屋台街、スタイリッシュなカフェレストラン街、新宿2丁目的な路地、ドヤ街などが共存するカオスな街だ。
ここ数年、日本のガイドブックに登場するようになった古民家を改装したカフェレストラン街・益善洞(イクソンドン)は鍾路3街の中心部にある。
法定洞としては楽園洞、敦義洞、益善洞、鳳翼洞、墓洞、臥龍洞、雲泥洞、慶雲洞、観水洞が鍾路3街に含まれる。
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