映画「ALWAYS三丁目の夕日」に描かれた、東京オリンピック開催前の東京に住む少年にとって肉といえば、豚ひき肉か、鶏ひき肉だった。ピーマンの肉詰め、焼売、三色丼の鶏のそぼろなど、ひき肉料理がちゃぶ台に登場するとウキウキしたものだ。ときにトンカツだった日もあったが、肉といえばひき肉が相場だった。

自分よりも二回りほど年下の萎澤弘之(しぼさわひろゆき)も少年時代、大のひき肉党だった。もちろん焼肉やステーキも食べてきたが、今もひき肉が大好物。肉を勉強したかったことから、ハンバーグの名店で修業し、最後はシェフを務めた。

日々ひき肉と向き合っているうちに、ひき肉の魅力に取り憑かれた。ひき肉を使った新しい料理を提案しようと思い独立。1年間世界を旅し、各国の食文化を体験。これまでなかったひき肉料理を誕生させた。

満を持して2013年に「ひき肉少年」(港区白金)をオープン。腹一杯肉を食べたいという夢を叶えたかったことから、この屋号を選んだ。

ユニークなのは屋号だけではない。メニューも特異。ヘルシーで、かつジューシーな鹿児島産鶏もも肉で作った、天下無類の「ひき肉ライス」(1000円)を提供している。

「新しいご馳走の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである」とブリア・サヴァランは書いている。天体からすれば、ひき肉などちっぽけな存在にすぎない。けれど、3段階の大きさに挽いたひき肉でなければ出せない、不思議な食感のレシピを萎澤は探求した。

たとえば麻婆豆腐を作るなら、ひき肉がダマにならないように炒める。ところが、ひき肉ライスは、ダマにならないように注意するどころか、できる限りいじらない。

一度に炒めるひき肉は6キロ。フライパンをふれない量ではないが、ひっくり返すとき以外はできる限り肉を触らず、フライパンも動かさない。

そのためあちこちにこんがりと焦げめがついたミートボールができる。香ばしい香りをつけた肉団子を作るのが、この料理のコツだそうだ。

肉を炒め終わったら、チリ、ターメリック、シナモンなどのスパイスや、自家製チキンスープ、炒めた玉ねぎを入れて温め、仕上げにとろみをつければ完成。

ひき肉料理に添えるご飯は、薄いケチャップライスのようなピンク色。トマト、ショウガ、クミンシードを浸したオリーブオイルで作った、炊き込みご飯だ。パラパラとした感じはタイ米のようだが、青森のまっしぐらという品種だそうだ。

萎澤がたどり着いた、ひき肉料理を賞味してみた。