ドアを開けた瞬間、美味しそうな香りが鼻孔をくすぐった。この日は小雨が降り続き、寒かったこともあり、店内に立ち上る、温かくて旨そうな香りを嗅ぎ安堵した。と同時に、美味しい料理と出会えそうな予感がしたのだった。今年1月末にオープンした「ピッツェリア ダ・グランツァ洗足池店」である。

ドアのすぐ脇に真っ赤な薪窯が鎮座していた。オーダーが入る毎にピッツア職人が生地を伸ばし、トマトなどをのせたピッツァを焼いていた。マルゲリータを頼むつもりだったが、「ビスマルクをぜひ」と坂本大樹(さかもとひろき)さんにすすめられた。

坂本さんはこの店のオーナーであり、「ナポリピッツァ職人コンテスト2012」クラシカ部門で優勝した実力の持ち主。

おすすめのビスマルクは、坂本さんが料理の修業に入ったときから焼いてきたピッツァだそうだ。以前、某番組で「ピッツァの巨匠」として紹介され、ビスマルクを何度も焼いたことがあり、一際思い入れも強い。

その名の由来は諸説あるが、ドイツ帝国宰相で、鉄血宰相と呼ばれたビスマルクが卵を好んだことから、半熟卵ののったイタリア料理を「ビスマルク風」と呼ぶようになったとされる。

強力粉に全粒粉も混ぜた生地を冷蔵庫で48時間低温発酵。寝かせることでゆっくりと熟成し、旨みを含んだ生地になるという。

「全粒粉を使うと、香りも良くなると思います」と坂本さんは目尻を下げた。

 

 

広げた生地にトマトソース、ハム、卵などをのせ、仕上げにオリーブオイルをかけたものを薪窯で数分焼き上げる。薪窯の下にはおが屑、広葉樹、針葉樹の薪が置いてあった。薪の燃え具合を確認しながら、状況に適した薪をくべることで、美味しくて香ばしいピッツァを焼き上げるように心がけているそうだ。

焼き上がったビスマルクがテーブルに届いた。カッターで半熟卵をつぶし、卵をピッツァの上に広げてから切り分けてくれた。

ビスマルクを食べるのは初めてかもしれない。甘味を含んだ半熟卵が舌に優しい。焦げた部分が芳しく、ひとりで1枚軽く平らげてしまった。