韓国人の食卓の情緒について語るコラムの5回目は、キムチチゲと並んで韓国人が好きな食べ物ベストワンによく選ばれるテンジャンチゲ(味噌鍋)について。
茹でた大豆の香り
筆者が小学生だった1970年代。立冬を過ぎた頃、キムジャン(キムチ漬け)や練炭の備蓄(オンドル用)とともに思い出されるのが、我が家に漂っていた煮大豆の香りだ。
当時、韓国の食べものの味のベースとなる味噌や醤油は家で作るのが当たり前だった。60年代に高度経済成長を経験した日本とちがって、70年代の韓国庶民はまだ貧しく、味噌や醤油を買うことはかなりの贅沢だったのだ。
つまみ食いが大好きだった私は、母が煮るそばから湯気の立つ大豆を分けてもらい、砂糖をつけて食べるのが大好きだった。
多くの韓国人が子ども時代に大豆から生まれる旨味を舌に記憶させ、味覚を育てていったはずだ。
日本の味噌汁との違い
日本の味噌汁は、水に具とダシを入れてひと煮たちさせたあと、最後に味噌を溶かすように入れて仕上げるが、テンジャンチゲは韓国味噌(テンジャン)を最初から入れて具やダシ(牛肉やカタクチイワシ)とともに煮立たせるのが特徴だ。
日本の味噌は韓国人の舌には甘味が立っていると感じられる。
韓国の旅行バラエティ番組『花よりおじいさん』では、台湾に行っても韓国料理を食べたがるおじいちゃん俳優たちのために、少女時代のサニーがテンジャンチゲを作る場面があった。
この番組は韓国の高齢者の嗜好がよくわかる場面が多く興味深かった。
このとき、韓国のテンジャンが手に入らなかったので日本の味噌で代用したのだが、やはり「甘い」という反応だった。
逆に韓国のテンジャンは日本の人にはしょっぱく感じられるだろう。また、すりおろしたニンニクや唐辛子を入れるので、味噌汁と比べるとパンチのある味になる。
それでも辛味や酸味が立っているキムチチゲと比べたら、韓国人の舌にはまろやかに感じられるのだ。煮豆をつまみ食いした私のように、テンジャンチゲをすすると母親や故郷を思い出す人も多い。
テンジャンチゲの具はズッキーニ、豆腐、ネギ、タマネギ、ダイコン、ダイコンの干し葉などが一般的だ。アサリなどの動物性たんぱく質が加わることもある。
焼肉の〆に
日本の旅行者が韓国でテンジャンチゲを頼む機会は多くないかもしれない。旅行者はもっとごちそう感のあるものを求めるからだ。
しかし、美味しいテンジャンチゲには意外なところで出合えたりする。焼肉店である。
カルビやサムギョプサルなどをひととおり食べると、店員さんから「食事はどうされますか?」と、聞かれることがある。この場合の食事とは、最近は冷麺である場合も多いが、基本はごはん、汁物、漬物のセットなのだ。
焼肉店の食事の代表がテンジャンチゲである。ソウルの三角地にあるチャトルパギ(牛肋間肉)焼肉専門店「ポンサンチプ」は、〆のテンジャンチゲが名物で、それを目当てに通う客も多い。
肉をたっぷりいただいたあとにごはんとチゲとは、韓国人はなんて大食なのかと思うかもしれないが、まったくその通り。筆者の印象では、韓国の男性は日本の男性の1・5倍食べ、韓国の女性は日本の男性なみに食べると思う。
焼肉で少々脂っこくなった口中に、少ししょっぱい味噌の味とごはんは深い満足と安らぎを与えてくれる。
訪韓が解禁されたら、肉は腹八分目くらいにして、残りの二分をテンジャンチゲとごはんで埋める幸福をぜひ味わってもらいたい。
(つづく)
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