羽賀「お母さんは、コペル君に何があったのか直接は聞いてないけれど、おじさんから聞いて大体のことはわかっている。そのうえで、自分にもこういう経験があってとても後悔した、でもそれがのちのちの自分を作っている気がする…とコペル君に語る。
おじさんが強い口調で言ったのに対し、お母さんはやさしく背中に手を添えてあげるような言葉を伝えてあげる。それはある種のチームプレーというか。
そのお母さんの話というのは、非常に些細な出来事なんですが、お母さん自身が反芻していくことによって、自分というものは何なのか、自分はどうあるべきかということを考えるきっかけになった。
その経験を息子と共有し、繰り返し考えることで、コペル君の失敗や小さな経験に大きな意味を持たせていくんです。
おじさんの言葉で、『ただ一度の経験の中に、その時だけにとどまらない意味がある』という言葉があるのですが、それがこの作品を通じたテーマなのではないかと思っています。
『どう生きるか』って、すぐに答えが出る問いではないですよね。すごく大きな問いなのですが、結局やっていることは、そういう小さな思考の繰り返しというか。些細な出来事から何かをくみ取っていくことの連続なのではないかと。
そうしたことを伝えているからこそ、この本はずっと読まれてきたのかなと思いますし、そういう部分は、もしかすると子育てと非常に重なるところがあるのかなと思います」
どういう場合に、どういう事について、どんな感じを受けたか、それをよく考えてみるのだ。
そうすると、ある時、ある所で、君がある感動を受けたという、くりかえすことのないただ一度の経験の中に、その時だけにとどまらない意味のあることがわかってくる。それが、本当の君の思想というものだ。『漫画 君たちはどう生きるか』より
3.苦しいときは、正しい方向に進もうとしている
お母さんはコペル君に自分の経験を語った後、おじさんからのノートをコペル君に手渡します。コペル君は、おじさんのノートを何度も読み返し、少しずつ自分を取り戻していきます。
コペル君、
いま君は、大きな苦しみを感じている。
なぜそれほど苦しまなければならないのか。
それはね、コペル君、
君が正しい道に向かおうとしているからなんだ。
「死んでしまいたい」と思うほど自分を責めるのは、
君が正しい生き方を強く求めているからだ。
『漫画 君たちはどう生きるか』より
「人間がケガをしたときに痛いと思うのは、からだが正常な状態ではないから痛いと感じる。それと同じで、心も、いま自分が間違ったことをしているから苦しい、より良い方向に向かおうとしているから心に痛みを感じるのだと。
これは思ってもみなかった見方で、初めて出会った考え方でした。
まさに今悩みを抱えている中学生や高校生、そういう若い人たちが読んでも、心への突き刺さり方が深いのではないかという気がします」
*
一見、「今をどう生きるべきか?」という疑問や不安を持った子どもや若者に向けられたもののように感じる本書。
子どもを育てる今だからこそ、パパママに刺さる本でもあるのかもしれません。
子どもに“生き方”を聞かれた時だけではなく、自分自身の“これからの生き方”を見つめ直すきっかけになってくれる一冊です。