20代~30代のアニメーターが育っていないという現場からの声

――いま、お話いただいた危機感についていくつかお伺いします。当時JAniCAさんが感じていらした危機感にはどんなものがありましたか?

 

プロジェクトマネージャー 弁護士 桶田大介さん

桶田 私がJAniCAに関わったのが2008年1月からで、私はJAniCAの発足そのものには関わっておりません。2008年1月に関わったときにJAniCAの主だった方々に「どんな危機感を感じていらっしゃるのか」と同じような質問を私がすると、大きく2つの答えがありました。

ひとつの意見は監督や作画監督をされている、つまり現場の棟梁のような立場の40代半ばから50代の方々によるものです。彼らは「自分たちの下の世代が育っていない」ということを問題にされていました。中には「自分たちは『(宇宙戦艦)ヤマト』世代だから人数が多いけれど、劇場版を制作するとなるとどの作品も同じような面子がぐるぐると回っていて、20代~30代のスタッフが塊としていない気がする。なんとかしないと作品がつくれない」という意見でした。

また、もうひとつの意見はまったく違う方向性の違う意見でして「現在のアニメを支えてきた、東映動画の作品やタツノコプロ初期作品を手掛けてきた現在60代~70代の現役を退いてしまった仲間が食うに困っている」と。「自分たちには何の権利もないから、リバイバル上映があったとしても何の見返りもない。そのあたりを何とかしたい」という意見がありました。これは同世代のシンパシーをお持ちの60代~70代の方々からの意見でしたね。

――その2つの危機意識はなかなか相容れない印象がありますね。

桶田 上の世代の方々が希望しているものは、アニメーター同士が団結して社会に訴えていくというものでした。また下の世代の方々は、制作会社や放送局などと調整することで歩みをそろえていきたいという意見だったんです。

JAniCA前代表のヤマサキオサム氏は、既にご自身で経済産業省に足を運んでいろいろと検討されていたということでした。私が意見をお聞きして、最初に相談したのはどちらの方針をとりますか、と。その結果、2008年の春ぐらいに各社・各省と協力姿勢をとって後進育成をまずしましょう、ということで方向が決まったんです。それに則って、文化庁をはじめとした皆様へご挨拶するところからはじまったのです。

――「若手アニメーター育成事業」が「作品をつくる」かたちになったのはどんな経緯があったのですか?

桶田 幸運なマリッジ(結婚)がありまして、2009年5月に東大でシンポジウムをやったことをきっかけに、文化庁さんをはじめとしていろいろな方々から様々な機会をいただきました。

当時の国立メディア芸術総合センターを建設するにあたり、JAniCAからも具体的なご意見を差し上げようということで「センターの中に制作現場をつくれないか」という話を差し上げたことがあったんです。当時「センターの中身がない」ということが問題となっていたので、いわゆる「アニメ制作の虎の穴(※『タイガーマスク』に登場するプロレスラー養成機関)」みたいな場所がつくれないかという考え方ですね。

若手のアニメーターが集い、ひとつの作品をつくり、その後それぞれの現場に散っていく、というような。そこで作品を先行公開したり、コンテや原画、背景などの仲介物が残る場所になればいいだろう、と。そういう提案を差し上げたのが2009年の7月ですね。

佐伯 文化庁はすでに(2006年から)実写で「若手映画作家育成事業 ndjc」を実施していました。選ばれた5人のアマチュア以上プロ未満の若手監督がプロフェッショナルなスタッフとともに35ミリの短編を撮るプロジェクトです。その構造をそのままアニメーションに落とし込むことができるのではないかと、思いました。

作品をつくることで人が育つ、技術や精神の継承が行われる、というのは間違いのないことですから、あとは体裁を整えればなんとかなるだろうと思っていました。ただし、我々にとっては作品をつくることが目的ではなくて、人を育てることがあくまで目的です。

桶田 このバックボーンには2つのものがありました。

ひとつは2003年度から経済産業省さんが実施していた人材育成事業です。この取り組みは日本動画協会を中心に、専門学校や大学の方を対象に講義をして、その中で有望な方については、更に各制作会社にインターンシップとして送り込むというものでした。ただ、報告書等に拠れば、育成対象者がアニメ業界に入らなかったり、入ってもスタジオに定着しなかったり、またアニメ業界に居つかなかったりして、なかなか難しいところがあったようです。このことから、業界に入る前後の学生や新人を扱うのは、離職率も高く、難しいという判断がありました。

もうひとつは、労働政策研究・研修機構という研究機関が2005年に出された「コンテンツ産業の雇用と人材育成― アニメーション産業実態調査 ―」という論文です。そこには、アニメーション業界はクリエイティブな分野なので、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング=現場で教育を受けること)の中で人材を発見していくことが最も効率的だ、という内容がありました。これらを論拠として、「作品をつくることで新人を育成する」という流れになりました。