下半身にあった意識が徐々に中央にずれていくような感覚を味わいました

撮影/稲澤朝博

――妊娠の感覚の中で捉えるのが難しかったものはありましたか。

例えば、食べ物は自分の欲するものと、自分の中に宿ったものが欲するものがあると思うので、その2つの意思をどういうふうに感じられるんだろう、とか。その辺りは見聞きしたことから想像をしていきました。

だけど僕も実際にふくらんだお腹をつけさせてもらう中で、段々とお腹が大きくなるにつれて自分の中の重心が変わっていくというか、下半身にあった意識が徐々に中央にずれていくような感覚を味わいました。

それは実感に近いものがあったので、貴重な体験をさせていただきましたね。

撮影/稲澤朝博

――演じてみて改めて気づくこともあった、と。

他にも妊娠をしているときの心身の状態が向かう方向と、目の前の仕事、ライスワークに向かう方向との間に差があることとか。

妊娠を経験している方は当たり前にしてきたことだと思うのですが、僕自身、「そういうものなんだ」と、恥ずかしながら疑似体験をしてようやく気が付きました。

社会とつながっていくことの大変さ、現代が抱えている子育てと働くこととの両立の難しさ、シングルで子育てをする方の現実的な問題……そういうものが少しだけわかった気がしましたね。

僕はこの作品が基本的には社会派だけど、コメディタッチなところもあって、「この議題を真剣に考えましょう」という感じではないところが気に入っているのですが、何か日常の景色の中で見えなかったアングル――それは人によって違うとは思いますが、この作品を通して観てくださった方の中に一つ新たなアングルが増えたらいいな、と願っています。

©坂井恵理・講談社/©テレビ東京

――桧山のお腹の子どもの親となる亜季について、「上野さんが演じた亜季がいたからこそ、桧山がこういうキャラクターになれた」とコメントされていましたね。

ジェンダー的なところもあって言い方が難しいのですが、亜季には現代における“いわゆる”働く男性的な概念が宿っていて。それに対して桧山は妊娠していることだけでなく“いわゆる”女性性みたいなものがあって。

二人は対になる関係性というか、対比することで生まれてくるキャラクターでもあるんです。僕一人で自家発電的にこういうキャラクターにはなっていなくて、手掛かりになるのは他者なんですよね。

亜季は女性の代弁者なのか、男性の代弁者なのかというのもありますけど、とてもリアルな存在だな、と思いました。

これまでずっと続いてきた「男性は外で働き、女性は家を守る」という考え方は、数年前からアップデートするというフェーズに入ってきていると思うんです。でもいまだに古きものを基にしている業態も多くて。亜季はそれに対峙する一つの像として存在しています。

そして桧山はそんな亜季の反射として存在しているので、現場で上野さんとお芝居をしながら段々と桧山が作られていった感覚がありました。僕の中ではその上で“妊娠している”というものがあったという順序でしたね。