韓国の首都ソウルは漢江を挟んで、南側の新市街・江南(カンナム)と北側の旧市街・江北(カンプク)に分かれている。
ざっくり言うと、江南は高層ビルが連なるビジネス街。COEXのある三成洞はその象徴だ。
一方、江北は明洞や鍾路などの商圏と市庁舎北側のビジネス街の混合で、景福宮などの故宮周辺には平屋の伝統家屋が残っていたりする。
江南か江北、どちらが好みかと問われれば、私は迷わず江北と答える。西洋的洗練とアジア的猥雑さがまだらになっているところが魅力だからだ。
10年ほど前に流行った歌「江南スタイル」がいい例だが、韓国や日本の若者には長らく江南エリアが支持されてきた。
だが、ここ数年はレトロブームで古いものに洗練を見出だす風潮が強まり、江北エリアの逆襲と言っていいくらい旧市街が盛り上がっている。
私がよく取り上げている鍾路3街や、忠武路と鍾路大通りを結ぶ世運商街が注目されているのはそれを象徴するできごとだ。
ソウル旧市街の穴場な市場
日本の人にはあまり知られていないが、江北パワーを見せつけるエリアがもうひとつある。もちろん明洞や弘大などではない。
仁寺洞エリアの最寄り駅、安国駅から地下鉄で20分ほど行ったところにあるヨンシンネである。
駅前こそソウルらしい高層ビルが目に入るが、一歩路地に入ると、下町らしい風景が続く。
ヨンシンネにはソウル中心部からわざわざ出かける価値のある市場がある。その名も延曙市場(ヨンソシジャン)。ヨンシンネ駅の2番出入口から地上に出ると、左手が延曙市場のブロックだ。
飲食店が並ぶ道を50メートルほど行くと視界が開け、屋根のある空間に小さな厨房を取り囲むカウンターの店が10数軒集まっている。
韓国の市場の構造には、大きく分けて「通路型」と「広場型」がある。
日本人におなじみの通仁市場や中央市場は、通りの両脇に店が連なる典型的な「通路型」だ。
一方、「広場型」は体育館のような空間に屋台や露店商が集まっている。地方に多いのだが、ソウルだとヨンシンネ駅の3駅手前の弘済駅前にある仁王市場がそれに当たる。
延曙市場のこの空間は「広場型」と言ってよいだろう。いわばレトロなフードコートだ。
ここを日本の人に初めて紹介したのは2011年に出した『韓国の人情食堂』(双葉文庫)という本だった。あれから12年が経つが、雰囲気が大きく変わっていないのがうれしい。