自分が可愛く見えるとわかってやっている、いわゆる「あざとさ」は目にする男性にも伝わります。

男性がかっこよく思われたいのと同じで、あざとさだって自分を印象付けるための良いスパイスになることも。

一方で、あざとさの奥にネガティブな姿が見えると男性の恋心は萎えてしまうものです。

男性が好意を持つか幻滅してしまうか、どんなところに違いがあるのでしょうか。

「あざとい女性」をどう感じる?男性の本音とは

あざといと聞くと、どこか計算高かったり自分を高く見積もっていたり、良いイメージを持たない人もいるかもしれません。

「こうすれば可愛いと思われる」と理解したうえで出る振る舞いは、自然でないため男性にも伝わりやすいものです。

「わかってやっているな」と目につくような振る舞いの女性を目にしたとき、男性はどう感じるのでしょうか。

「自分に気に入ってもらうためとわかるものならうれしい」

「誰にでもこうするのだろうなと思うときは萎える」

「彼女だったらやってほしいと思うかも」

「わざとあざとい自分を見せる女性は男慣れしているなと感じる」

男性たちに「あざとい女性をどう思う?」と聞いてみると、上記のような答えが返ってきました。

気がつくのは、「その振る舞いの理由」がどこにあるかを男性は考える点です。

自分に好かれるための特別なものなら好意的に受け止めるし、誰にでも気に入られるための演出ならあまり好ましく思わないのが男性の本音。

「彼女がするならあえて見たい」と口にする男性もいて、あざとさに女性らしさを感じる、それを見せてもらえる自分に特別感を覚えることもあります。

一方で「それネットの記事で読んだなみたいなわざとらしさ全開のものは痛々しい」と話す男性は、あざとさを過剰に出す女性は「それに付き合うのが面倒くさい」と思うそうです。

男性が好意を持つか幻滅するかの違いには、「程度」も関係するのですね。