『テルマエ・ロマエ』作者が描く伝記

ローマ時代の浴場技師がタイムスリップして現代日本の風呂文化にカルチャーショックを受けるという、斬新なアイデアで大ヒットした『テルマエ・ロマエ』。阿部寛さん主演の映画版もまだ記憶に新しい。

その作者・ヤマザキマリ氏は現在、iPhoneなどで知られるアップル創業者スティーブ・ジョブズを描いた伝記漫画に取り組んでいる。

「で、いつジョブズはタイムスリップするの?」と気になる人もいるだろうが、今回そういったファンタジー要素はなし。というのも、そもそも同名タイトルのベストセラー書籍『スティーブ・ジョブズ』が原作(ウォルター・アイザックソン著)になっているからだ。
 

 

発売中の第1巻には、養子に出されて育った幼年期から、エンジニアとしての第一歩、ゲーム企業「ATARI」への入社、インド放浪までのエピソードを収録。ダイナミックな構図が目立った『テルマエ・ロマエ』に比べれば、絵もコマ割りもいたってシンプル。

また、女性コミック誌「Kiss」に連載されているせいか、技術的な描写は控えめで、もっぱらジョブズの特異な人間性・考え方・周囲の人々との関わりについてページが割かれている。

『テルマエ』ファンとしては少々物足りない感じを受けるかもしれないが、随所に見られるセリフまわしや温かい筆致はヤマザキ氏ならでは。特に原著をまだ読んでいない人は、こっちの漫画版で偉大なエンジニア、ジョブズの生きざまを楽しむのもアリだろう。

 

『のだめカンタービレ』作者が描くPCオタク

クラシック音楽をモチーフに個性的なキャラクターたちを描いた『のだめカンタービレ』。アニメ、ドラマ、実写映画と広くメディアミックスされた人気作だ。

その作者・二ノ宮知子(にのみやともこ)氏は現在、PCの自作、そのなかでも特殊分野「オーバークロック」を主題にした『87CLOCKERS』で新境地に挑んでいる。

オーバークロックとは、PCの頭脳(CPU)を規定値よりさらに激しくブン回し、リスクと引き換えに高い演算能力を引き出す行為のこと。いわば軽自動車をスポーツカー並みの速度で走らせるようなものだ。
 

 

さて、この『87CLOCKERS』はスポーツカーどころか、オーバークロック界のF1レースともいえる“世界記録”を狙う男たちが主人公。恵まれた家庭で育った音大生が、ある寒い日に裸足でアパート外へ放り出された美女に一目ぼれ。だがその美女には献身的に尽くしている相手がいて、そいつこそオーバークロック分野で世界記録をもつ男だった。

自分の記録更新しか見えていない身勝手な男から美女を救い出すため、主人公もオーバークロックの世界に挑む……というお話。

なんといっても特徴的なのは、主人公の恋敵となるオーバークロック馬鹿・ミケ(通称)。『のだめカンタービレ』に例えるなら、生活力の低さはのだめ級、キレやすさは千秋級という短所をみっちり詰め込んだような男だ。主人公の一ノ瀬も、美人ヒロインのハナもこの男に振り回されっぱなしとなる。

“オーバークロックでミケに勝ち、ハナさんを解放する!”と意気込む草食系男子・一ノ瀬の奮闘がストーリーの中心。最初はPCの自作なんてまったくできなかった音大生が、まわりの人から助けを得ながらスキルを上げていき、ミケからも一目置かれるように成長していく様子はなかなか楽しい。

また、オーバークロック対決も単に数字を競うだけではなく、3Dゲームの試合で勝敗を決定するなどダイナミックに描かれ、読者を飽きさせない工夫がされている。

分野がマニアックなだけに『のだめカンタービレ』ほど一般客からは受け入れられないかもしれないが、濃さを増したキャラクターを自在に操り、“魅せる対決シーン”を描けるようになった作者の表現力は『のだめ』時代よりさらに進化しているように思える。もちろん独特の絵柄やキレのあるギャグも健在なので、機会があればぜひ読んでみてほしい。