高校在学中に奨学金返還とはこれいかに

会合が始まる前に学生寮に寄り、長女から「奨学金返還手続き」に関する書類を受け取る。彼女は見るからに不安と不満のハーフ・アンド・ハーフで構成された表情をしていた。

無理もないとは思うが、親にそんな顔をされても奨学金はチャラにはならんぞ。

会合が終わり、帰宅してから書類に目を通す。確かに貸与された奨学金の返済を求める記述があるが、問題はその金額だ。

「22万円」

どこかで目にした数字な気がするが、思い出せない。少なくとも、「1年間分の貸与奨学金」の金額ではないようだ。

もう夜も遅いが、スマホを手に取り長女にメッセージを打つ。

父:「一つお願い。あとで長女の通帳の写真を送ってくれ」

父:「金の出入りが印刷されている、すべてのページね」

待ち構えていたように、通帳の写真が送られてきた。すぐに写真を拡大し、奨学金を扱う財団から振り込まれた数字を確認する。

4か月に一度、定期的に振り込まれる奨学金と別に、ひときわ目を引く数字があった。

令和5年8月10日 振込 220,000円 ○○(財団の名前)

これだ。

高校在学中に受け取る月々の奨学金とは別に、入学初年度のみ一括で借りられる奨学金、「修学支援奨学金」の金額と一致している。

しかし、高校在学中に返済を求めるとは無茶ではないのか。奨学金募集要項をネットで検索し、確認する。

「修学支援奨学金の振込は1回限りの一括振込にて貸与終了となります」

「貸与終了時に借用金額、返還期間、割賦金についての通知を行います。その後、返還手続き書類を提出していただきます」

「貸与終了した月の翌月から数えて7か月目に返還が開始されます」

2023年8月に貸与終了あつかいとすると、その翌月から7か月目は…2024年3月。再来月から返還開始を求められているということか。なるほど間違ってはいない。納得もいかないが。

だがルールはルールだ。従う必要があるだろう。

しかし、今すぐ返済を始めるとは言っていない。次の条文を私は見逃していない。

「特別な事情により返還が困難な場合、所定の手続きを取ることにより返還が猶予されることがあります。

1.在学猶予
在学猶予に該当するのは次の場合です。「奨学金返還猶予願」と「在学証明書」を提出してください。審査の後結果を通知します。

ア 高等学校、高等専門学校、大学、大学院又は専修学校高等課程若しくは専修学校専門課程に在学しているとき。」

長女は高校在学中、大手を振って「在学猶予」を申請できる。きちんと奨学金返済猶予手続きをすればいい。

要項を読む限り、返済猶予手続きに必要な書類は「猶予願い届け」と「長女の在学証明」だけだ。まあ問題ないだろう。長女に在学証明を学校からもらうように言いつけた。

返還猶予手続きは続くよどこまでも(あと○年?)

翌朝、長女にメッセージを送る。

父:「奨学金について謎が解けた」

父:「今、長女は毎月振り込まれるのと、年初に22万円一括で振り込まれる奨学金を両方借りていて、一括のやつを返せというもの。返す必要はあるやつだ」

父:「手続きはお任せください。きちんと返済猶予させてみせるで(キリッ)」

後半のメッセージに「ビックリ」のリアクションがつけられた。

数日後、長女の通う高校から電話がかかってきた。さっそく、返済猶予手続きが完了したのか。

「山田長女さんのお父様ですか。進路指導の○○です。私も見落としていたのですが、今回の奨学金は返済猶予をする場合であっても、返済猶予願いと一緒に『返済手続き』自体に必要な書類も一緒に作成・提出していただく必要があるようでして…」

頭の上に1ダースほど『?』が飛び出して回っている。いったい何のための手続きなのだ。わけがわからん。電話が切れた後、しばらく頭を抱える。

視線を上げ、気を取り直す。それでもルールはルールだ。従ってやろうではないか。

後日、こちらが用意すべき住民票などの書類をすべて取り寄せて長女に郵送する。ここからは長女の仕事だ。自分で在学証明などを学校から取得し、返済手続きに必須である「口座振替依頼書」も自分で作り、奨学金を借りた財団まで送付するようにいいつけた。

これは書類をちらっと見ただけで、作成が大変なのがよくわかる。長女の精神が持てばいいのだが。

案の定、数日後の深夜に長女からメッセージが入っていた。

長女:「奨学金の書類書くのめんどくさい」

翌朝メッセージに気が付き、返信する。

父:「あきらめなさい(スタンプ)」

返信が途絶えた。忘れたころに、再度メッセージが入っていた。

長女:「やりたくない」

長女:「どこをかけばいいのかも分からない」

長女:「奨学生番号も知らない」

長女:「何を書けばいいの」

長女:「(不在着信)」

ああ、哀れな長女よ。君の父親が去年、「高校からは、国や県から『お金をもらって』勉強するものだよ」「奨学金を無利子で借りるのにも税金が使われている。それを意識して、真剣に勉強しなさい」などと言って半分無理やり奨学金を借りさせたばかりに、こんな面倒に巻き込まれるとは。

しかし、これも彼女に必要な経験だ。君が大人になって、公的な支援や補助金を受けるために必要な、超めんどうな手続きをするときのための予行演習なのだ。くじけないでくれ。

奨学金返還に関する条文の一節が頭をよぎる。

「2 前項の返還猶予の期間は、次に掲げるとおりとする。

(1) 1年以内とし、更にその理由が継続する場合は、願い出により重ねて1年ずつ延長することができるものとする」

これを来年も繰り返すのか。大変だな。彼女も私も。

次に長女に会ったときは、ねぎらいとして大きなアイスでもおごってやろう。推し野球選手のグッズも買ってやろうか。

無利子で奨学金を借りられると聞いたから申し込んだのに。こんなに「追加費用」が発生するとは聞いていないぞ。

※このコラムはノンフィクションです。個人名を伏せるほか、メッセージの一部表現を変えた以外はすべて現実に起きたことです。また、2024年5月現在において「猶予手続き」は無事に完了したようであることを、読者の皆様へつつしんでお伝えします。

【執筆者プロフィール】
山田 圭佑(KYお金と仕事の相談所 所長)

キッズ・マネー・ステーション認定講師、国家資格キャリアコンサルタント、ファイナシャルプンナー技能士2級・AFP、琉球古典音楽 野村流伝統音楽協会 歌三線 師範、八重山古典民謡保存会 歌三線 教師

東京都出身。大学入学と同時に沖縄県へ移住。大学卒業後、沖縄県庁にて18年間奉職した後にキャリアチェンジ。現在は若年者に向けて就職支援サービスを行う企業のサラリーマンとして勤務するかたわら、フリーランスのキャリアコンサルタント・ファイナンシャルプランナー・歌三線師範として幅広く活動。2022年7月に「KYお金と仕事の相談所」を開設。所長を務めている。

「見えないお金」が増えている現代社会の子供たち。物やお金の大切さを知り「自立する力」を持つようにという想いで設立。全国に約300名在籍する認定講師が自治体や学校などを中心に、お金教育・キャリア教育の授業や講演を行う。2023年までに2000件以上の講座実績を持つ。公式サイト「キッズ・マネー・ステーション