「つくること」に宿る時間感覚と身体的知覚の回復を目指す

コムロタカヒロ 展示風景 撮影:池田紀幸
GO FOR KOGEI アーティスティックディレクター・秋元雄史のキュレーションによる展覧会『身体と物質のエスノグラフィー―加速社会における遅さと深さ』(主催:認定NPO法人趣都金澤※、会期:2026年5月9日(土)―11月22日(日))が、同時期に現地一円にて行われる世界最古・最大の芸術祭ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の開催にあわせ、イタリア・ヴェネチアで5月9日より一般公開を開始します。先駆けて、5月5日から報道や関係者向けの公開がスタートしました。本展は、情報と消費が加速し続ける現代において、「つくること」に宿るもう一つの時間感覚と身体的知覚の回復を目指す現代美術の展覧会です。日本人アーティスト10名による約100点を、ヴェネチア中心部の歴史的建築パラッツォ・ピザーニ・サンタ・マリーナの2フロア約500平米に展開し、建築家クラパット・ヤントラサストによる空間設計のもと、身体的な体験として提示します。
本展は、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展にあわせて実施され、国際的な文脈の中で、日本の作家たちの実践を一つのまとまりとして提示します。その中に通底する工芸的な感性や態度をあらためて浮かび上がらせ、美術と工芸の分断構造を解消していこうとする点に特徴があります。これまで断片的に紹介されてきた日本の制作文化を、素材・身体・時間の関係として立体的に示すことで、その全体像を共有する試みです。
本展で提示される「工芸的な態度」は、単なるジャンル横断ではなく、現代美術そのものの前提に対する批判として機能します。近代以降の現代美術は、形式の革新や媒体固有性、作家の自律性といった価値を中核に据えながら発展してきましたが、その一方で、身体的経験や物質との持続的関係、時間の蓄積といった要素を周縁化してきました。
本展は、そうした近代主義的枠組みを内側から揺さぶり、作品を完成されたオブジェクトとしてではなく、身体と物質の関係が生成し続けるプロセスとして捉え直します。
さらに本展は、現代美術を支えてきた制度的構造――流通、可視性、即時的理解といった価値体系――に対しても批判的に応答します。ここで提示される作品は、消費されるイメージとしてではなく、時間をかけた関与を要求する存在として立ち現れます。その意味で本展は、現代美術の内部に位置しながら、その前提そのものを問い直し、別の価値軸を提示する試みです。こうした視点は、速度や効率を前提とする現代社会に対し、蓄積や身体的関与に基づく対抗的な芸術の可能性を示し、「現代美術」という枠組み自体を批判的に再編する契機となるでしょう。
※認定NPO法人趣都金澤は、ものづくりが古くから受け継がれる北陸から2020年より毎年、ジャンルにとらわれない新たな工芸の見方を発信するプロジェクト「GO FOR KOGEI」を継続してきました。 GO FOR KOGEIについては こちら(https://goforkogei.com/)
展示風景
撮影すべて:池田紀幸
桑田卓郎 展示風景

牟田陽日 展示風景

綿 結 《プラトニックダンサー》2026年 綿、土

川井雄仁 展示風景

三嶋りつ惠 展示風景

沖 潤子 展示風景

シゲ・フジシロ 展示風景

舘鼻則孝 展示風景

中田真裕 展示風景
開幕にあたり
秋元雄史(本展キュレーター、GO FOR KOGEI アーティスティックディレクター)展覧会について
本展は、情報と消費が加速度的に拡大する現代社会において、「つくること」という行為に内在する、もう一つの時間感覚と身体的な知覚を回復しようとする試みである。ここで扱われるものは、「工芸的アプローチ」あるいは「工芸的感性」と言い換えることができるだろう。
本展は、工芸を一つのジャンルとして位置づけるのではなく、あえて工芸的な態度を批評的なレンズとして用い、現代美術そのものを読み替え、再解釈することを目指している。
本展には、国内外で活躍する10名の日本人アーティストが参加する。彼ら/彼女らの多様な実践を通して、本展は、物質との深い関与、身体に根ざした知、そして身振りの緩やかな蓄積に基づく、現代美術の新たな理解を提示する。それは、速度、可視性、即時的な流通を重視する支配的な価値体系に対する、静かながらも確かな問いかけとなるだろう。
出展アーティストについて
沖潤子、川井雄仁、桑田卓郎、コムロタカヒロ、シゲ・フジシロ、舘鼻則孝、中田真裕、三嶋りつ惠、牟田陽日、綿結の10名は、それぞれ異なる素材と方法を用いながら、「身体と物質の関係をいかに制作の中で統制し、あるいは委ねるか」という問いに向き合っている作家である。
本展タイトルにある「エスノグラフィー」は、作家個人の表現を記述するだけでなく、身体を通して物質と関わる中で立ち現れる知覚や技術、時間の蓄積を読み解く視点を含んでいる。ここでの制作は、単なる個人の創作行為にとどまらず、反復や継承、共同性の中で培われてきた知の体系とも接続している。
工芸的アプローチの特質は、個人の独創性を超えて、長い時間をかけて共有されてきた技術や身体感覚、さらには集団的な知恵の蓄積に依拠している点にある。そこには、近代的な「作家=個人」という枠組みでは捉えきれない、無名性や継承性、関係性に基づく非近代的な要素が含まれている。素材の扱い方や制作のリズム、身体の使い方は、個々の作家に固有であると同時に、歴史的・社会的に共有されてきた実践の延長でもある。
本展における10名の作家は、このような集団的な知の層を背景に持ちながら、それぞれ異なる方法で物質と向き合っている。ある者は素材の偶発性を受け入れ、ある者は反復や積層によって時間を統制し、またある者は身体そのものを媒介として社会的・象徴的な意味を編成する。その差異は、個人の表現の違いであると同時に、身体と物質の関係をめぐる多様な方法論の現れでもある。
こうした実践を並置することで、本展は、制作を個人の創造性としてではなく、身体・物質・時間、さらには共同性や歴史性を含んだ複合的なプロセスとして捉え直す。そこに現れる「遅さ」や「深さ」とは、単なる速度の対概念ではなく、関係が積み重なり、知が共有されていく過程そのものを指している。10名の作家の仕事は、そのような多層的な関係の中で立ち上がる制作のあり方を、具体的に示している。

東京藝術大学名誉教授、金沢21世紀美術館特任館長、国立台南芸術大学栄誉教授、美術評論家。1955年東京生まれ。東京藝術大学美術学部卒業。1991年から直島のアートプロジェクトに携わる。ベネッセアートサイト直島・アーティスティックディレクター兼地中美術館館長(2004-2006年)をはじめ金沢21世紀美術館館長(2007-2017年)、東京藝術大学大学美術館館長・教授(2015-2021年)、練馬区立美術館館長(2017-2023年)を歴任し、GO FOR KOGEIのアーティスティックディレクターを務める。主なプロジェクト・展覧会に、「スタンダード」「直島スタンダード2」(直島)、「第1-3回 金沢・世界工芸トリエンナーレ」(金沢、草屯・台湾)、「工芸未来派」(金沢、ニューヨーク・アメリカ)、「ジャポニズム2018」の公式企画として「井上有一 1916-1985 -書の解放-」(パリ、アルビ・フランス)、「あるがままのアート-人知れず表現し続ける者たち-」(東京)など。著書に『アート思考』(2019年、プレジデント社)等。
基本情報
展覧会タイトル|身体と物質のエスノグラフィー―加速社会における遅さと深さ会期|2026年5月9日(土)‒11月22日(日)(休場日:火曜)
時間|11:00-19:00(5月9日‒9月30日)、10:00-18:00(10月1日‒11月22日)
会場|パラッツォ・ピザーニ・サンタ・マリーナ ヴェネチア市カンナレージョ地区6104(イタリア)
入場|無料
プレビュー|2026年5月6日(水)-5月8日(金)11:00-19:00
プレスプレビュー|2026年5月7日(木)10:00-11:00
オープニングレセプション|2026年5月7日(木)17:00-19:00
キュレーター|秋元雄史(GO FOR KOGEI アーティスティックディレクター)
アーティスト|沖 潤子、川井雄仁、桑田卓郎、コムロタカヒロ、シゲ・フジシロ、舘鼻則孝、中田真裕、三嶋りつ惠、牟田陽日、綿 結(五十音順)
特設サイト|https://venice.goforkogei.com/jp/
主催|認定NPO法人趣都金澤
助成|クリエイター支援基金
特別協賛|株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ、未来トラスト株式会社
協賛|一般財団法人 川村文化芸術振興財団、JAKUETS、株式会社Sentio、林悦子、株式会社Pasand
協力|トヨタ・コニック株式会社、横江優希




展覧会の見どころ:
コンセプトと作品
本展『身体と物質のエスノグラフィー―加速社会における遅さと深さ』は、情報と消費が瞬時に循環する現代において、「つくること」に宿るもう一つの時間感覚と身体的知覚に光を当てる展覧会である。本展が掲げる「エスノグラフィー(民族誌)」とは、素材に向き合い、手を動かし、時間をかけて制作を行う作家たちの実践を、文化的・社会的な営みとして読み解く視点を指している。出品作家は、陶、ガラス、漆、繊維、刺繍、木彫といった多様な素材を扱いながら、それぞれ異なる「遅さ」や「深さ」を作品に刻み込む。桑田卓郎は、磁器に生じる偶発性や破綻をあえて引き受け、完成と崩壊のあわいを可視化する。川井雄仁は、土と重力、身体のバランスの関係を通じて、形が生まれる瞬間の緊張を彫刻として定着させる。コムロタカヒロは、都市文化やサブカルチャーのイメージを拡張された彫刻として立ち上げ、崇拝と消費の境界を揺さぶる。また、牟田陽日は絵付けの工程を通して自然への感情を陶に描き込み、沖 潤子は刺繍という反復行為によって布に生活の時間を縫い込む。綿 結は糸の撚りや重力を手がかりに、身体的スケールを超える繊維彫刻を生み出し、中田真裕は幾層にも塗り重ねた漆の中に、記憶の揺らぎと時間の沈殿を可視化する。
ガラスという透明な物質を用いる三嶋りつ惠は、光そのものを彫刻化し、空間と一体化する作品を提示する。シゲ・フジシロは、ガラスビーズによる膨大な手作業を通して、消費社会の記憶や労働の時間をきらめく表層に刻み込む。さらに舘鼻則孝は、伝統的装飾文化を現代的に再構築し、身体と装い、儀礼と時間の関係を問い直す。
本展の見どころは、これらの作品が「すぐに理解される意味」を提示するのではなく、鑑賞者に時間をかけた関与を求める点にある。歩き、立ち止まり、視点を変えながら素材と向き合う体験を通して、鑑賞者自身の身体もまた、この小さなエスノグラフィーの一部となるだろう。
アーティスト紹介
沖 潤子沖 潤子は、刺繍という反復的な手仕事を通して、布に生活の時間と身体の記憶を縫い込む作家である。その制作は、長らく家庭の内部に属するとみなされ、可視化されにくかったフェミニンな労働の時間を、作品として静かに立ち上げる。本展では、パラッツォ2階のかつて居間として使われていた空間に作品を展示し、大きな窓から差し込む自然光、鏡やシャンデリアと呼応させる。
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沖 潤子 展示風景 撮影:池田紀幸
川井雄仁
川井雄仁は、陶を単なる素材としてではなく、欲望や虚構、アイデンティティの揺らぎを投影する媒体として用い、過剰な色彩と量感を伴う造形を展開してきた。その背景には、1990年代の原宿文化やストリートファッション、マスメディアが生み出したイメージへの強い影響がある。消費的で甘美な表層と、現実との乖離が生む違和感や不安定さが、川井の作品には常に併存している。
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川井雄仁《ハワイに行ったことがない》2025年 陶器 撮影:池田紀幸
桑田卓郎
桑田卓郎は、陶芸における伝統的技法や形式を意図的に過剰化し、器と彫刻、日常と非日常の境界を攪拌する実践を続けてきた作家である。貫入、石はぜ、釉薬の流動や破裂といった、通常は欠点や失敗とみなされがちな現象を積極的に引き受けることで、完成と崩壊が同時に立ち現れる造形を生み出してきた。その作品は、用のための器でありながら、制度化された陶芸の枠組みを逸脱する彫刻的存在として振る舞う。
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桑田卓郎 展示風景 撮影:池田紀幸
コムロタカヒロ
コムロタカヒロは、ソフビ玩具やSF的イメージ、アメリカンコミックスといった視覚文化を起点に、木彫彫刻と量産フィギュアを横断する独自の彫刻表現を展開してきた。本展では、グランドフロアの入口空間を舞台に、高低差のある足場が組まれ、その上にコムロの世界が立ち上がる。鑑賞者は、見上げ、見下ろし、回り込むという身体的な移動を通して、作品と出会うことになる。
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コムロタカヒロ 展示風景 撮影:池田紀幸
シゲ・フジシロ
シゲ・フジシロの作品は、ガラスビーズと安全ピンという、装身具や交易品としての歴史をもつ素材を用い、膨大な手作業の集積によって日常の風景を幻想的に変容させる。本展では、パラッツォの2階に残るかつての居住空間を展示の舞台とし、運河に面した窓から差し込む自然光、天井のシャンデリアや室内に残る家具と呼応するかたちで作品が配置される。足場を用いないこの階では、鑑賞者は建築本来のスケールと親密さの中で、ビーズの微細な輝きと時間の密度を身体的に感じ取ることになる。
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シゲ・フジシロ《Garbage / Under the sea》2023年 ガラスビーズ、安全ピン、ワイヤ撮影:池田紀幸
舘鼻則孝
舘鼻則孝は、「装うこと」を身体の外観的な装飾ではなく、社会的役割や儀礼、価値観を身体に刻み込む行為として捉え、日本の伝統文化を現代的に再構築してきた作家である。本展では、代表的な《Heel-less Shoes》を、江戸組紐の高度な技法を用いて制作し、パラッツォの2階に残るかつての居住空間に展示する。
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舘鼻則孝 展示風景 撮影:池田紀幸
中田真裕
中田真裕は、蒟醤(きんま)を中心とする伝統的な漆技法を出発点に、漆を単なる「装飾」から解き放ち、時間や記憶の揺らぎを受け止める現代的なメディウムとして再定義してきた作家である。数十層に及ぶ漆の塗り重ねと研ぎの工程によって生まれる色層は、表面に現れる図像よりも、むしろ内部に蓄積された時間そのものを可視化する。彫り、塗り、研ぎという反復的なプロセスは、制作期間が数ヶ月から一年に及ぶこともあり、その長い時間が物質の内部に沈殿していく。
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中田真裕左《サウンドスケープ》2024年 漆 右《ミラージュ》2026年 漆 撮影:池田紀幸
三嶋りつ惠
三嶋りつ惠は、ガラス産業の中心地として長い歴史をもつムラーノ島の熟練職人との協働を通じ、無色透明のガラスのみを用いた彫刻作品を制作してきた。ヴェニスにおいてガラスは、光と水、交易と技の象徴的な素材であり、三嶋の作品はその歴史的文脈を現代に引き寄せる。炎の中で刻々と変化する素材の状態を読み取り、即興的な判断によって導かれる造形は「火の果実」とも呼ばれ、意図と偶然のせめぎ合いから必然的に立ち現れる。
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三嶋りつ惠 展示風景 撮影:池田紀幸
牟田陽日
牟田陽日は、九谷焼に学んだ色絵の技法を基盤に、日本文化において周縁化されてきた女性像や自然観を、陶磁器という媒体を通して再解釈してきた作家である。近年の制作において重要な主題となっているのが「山姥(やまんば)」である。山姥は、母性と暴力、祝福と恐怖、聖と俗といった相反する要素を内包する存在として、日本の民間伝承の中で語り継がれてきたが、同時に、制度や秩序から逸脱した女性性の象徴でもあった。
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牟田陽日 《The pot of pulses》2026年 陶器 撮影:池田紀幸
綿 結
綿 結は、糸を撚り、染め、織るという原初的な工程から制作を始め、布の内部構造や重力そのものを立体として立ち上げる作家である。本展では、天井高のあるグランドフロアに作品が広がり、足場の高低差をもつ階段動線からは距離を保って眺められる一方、フロアに立つ鑑賞者は、空間に展開する作品を仰ぎ見る体験へと導かれる。
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綿 結 《プラトニックダンサー》2026年 綿、土 撮影:池田紀幸
※本展覧会は「クリエイター支援基金」の助成を受けて開催するものです。
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