『VOCA展2021現代美術の展望ー新しい平面の作家たち』

VOCA展選考委員「VOCA2021」選考所感

<小勝禮子(選考委員長 / 美術史・美術批評)>
新型コロナ感染症の世界的な蔓延という、未曽有の事態の中での新作を集めた「VOCA展2021」だが、直接的にその体験を主題にしたものはない。

しかしVOCA賞の尾山賢一は、明治以後、美術館・博物館の集中することになった上野の山の歴史的トピックを、漫画の手法でダイナミックに回顧し、奨励賞の鄭梨愛は在日の家族の日常の場面を、転写した薄い布の重なりで重層的に浮かび上がらせた。

社会の歴史と個人の日常はつながり合い、溶け合う。コロナ禍での隔離された日常の中で、若手の作家たちは人間と社会の歴史に向き合っているとも言えよう。

<水沢勉(神奈川県立近代美術館館長)>
パン(すべて)のデモス(人々)を巻き込む「危機(パンデミック)」に境界はないはずである。しかし、結果的に、対立と分断は、深まるばかりであり、それぞれの地域の問題点や弱点がますます露わになった。

「危機(パンデミック)」。それは、じつは芸術の本質と重なる部分がある。ただ、必ずしも直接的な批判とはならないことも多い。

今回VOCA賞の尾花賢一《上野山コスモロジー》は、記憶の断片に沈潜する。細部に執着する。劇画風の鮮明さで。鄭梨愛(ちょんりえ)《Vision》は世代をつなぐ記憶を喚起する。ヴェールの柔らかさに何重にも包むように。

水戸部七絵《PictureDiary 20200910》《Picture Diary 20200904》は差別をテーマにしている。しかし分厚い絵の具に塗り込めて。

それらは「すべての人々」に関わる普遍的なテーマを秘めている。そのためには迂回路もときに必要なのだ。

<家村珠代(多摩美術大学教授)>
VOCA賞の尾花賢一は、木枠、額縁、同展会場となる上野の山の歴史を劇画調に描いた絵画を大小綯交ぜに構成・配置することによって、鑑者の視線をでこぼこと入り組ませ、史実と妄想が判然としない世界に引き込むものであった。

奨励賞の水戸部七絵の人物像は、粘土と見紛うほどの絵具の量感と美しさ、荒々しいストロークによって、圧倒的な存在感と輝きを放つ作品ではあると同時に、背景に判読しにくく文字を記すことによって、その人物像のイメージをゆらがしていた。

今年の受賞作品は、そのいずれもが、実際に作品の前にたち、細部にわたってじっくりと読み解く楽しさを再認させてくれるものであった。

<荒木夏実(東京藝術大学准教授)>
絵画で、あるいはより広く、アートで何を表すことができるのか。今回受賞した人たちに共通するのは、表現せずにはいられない、その人が描く必然性ではないだろうか。

アーティストがいま、世界のどこを見て、何を考え、伝えようとしているのか。そのヴィジョンを私は見たい。粗さや未熟さがあったとしても、アーティストの思いと問題意識が伝わる作品が見る人の共感を呼ぶのだと思う。今回の受賞をステップに、さらなる飛躍を期待している。

<前山裕司(新潟市美術館館長)>
新型コロナウイルスのパンデミックによって、未来が見えず、現在を模索するような状況が続いている。大勢の人がいる映像を見ると、これは過去の映像だといつのまにか判断する自分に嫌気がさす。

コロナウイルスは「現在」をことさら意識させているように感じてきた。VOCA賞の尾花賢一や佳作賞の弓指寛治など、歴史や過去を扱った作品がとくに印象に残ったのは、そんなことが影響しているのかどうか。選考会の後ずっと気になっている。

「VOCA展2021」開催概要

「VOCA展2021 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち」
会場:上野の森美術館
会期:3月12日(金)~3月30日(火) ※19日間(予定) / 会期中無休
開館時間:10:00~17:00 ※入場は閉館30分前まで
最新情報は、上野の森美術館ホームページ内で随時公開