今回の話題はピビムミョン。茹でて冷水で締めた素麺に激辛ソースをかけたものだ。ピビムは「混ぜる」という意味で、ミョンは麺の韓国語読み。
赤白のコントラストが鮮やかで、見た目は涼しげだが、ソースをからめた麺をすすると、辛味と甘味と酸味が口中に広がる。それが食道を通って胃に到達すると、身体がカッカッとしてくる。
夏でなくても無性に食べたくなる
顔を真っ赤にして嬉々としてピビムミョンを食べる中高年。ここ数年、ピビムミョンの対角線上にある淡白な平壌冷麺(そば粉のスープ麺)が人気だが、辛くて濃厚なピビムミョンでないと食べた気がしないいう韓国人は多い
ピビムミョンは食堂でも家でも食べる大衆的な麺料理だ。夏になると食品メーカー各社の即席ピビムミョンCM合戦が展開される。
韓国には「以熱治熱」(イーヨルチーヨル)という言葉がある。暑いときに辛いものを食べて発汗し、それが蒸発するときに熱を吸収して涼しくなるという意味だ。
ピビムミョンは「以熱治熱」の食べもののひとつで夏のイメージが強いが、私たち韓国人は仕事や学業に行き詰ってむしゃくしゃしたときや、なんとなく身体がだるいとき、辛いものを食べてシャキッとしようとする。そういう意味では通年の食べものともいえる。
辛いものを欲した理由
北朝鮮由来のピビム冷麺もピビムミョンの仲間と言える
日本の人の目には、韓国人はいつも赤くて辛いものばかり食べているように見えるかもしれない。しかし、韓国の激辛料理の歴史はそう長くない。
朝鮮戦争が休戦になった1953年の時点で、韓国は世界最貧国のひとつだった。朴正煕政権時代の60年代半ば頃から経済成長が進んだが、国民の労働負担は大きく、そのストレスを手っ取り早く解消する方法が、強い酒、そして辛い食べものだったのだ。
強い酒とは90年代前半までアルコールが30度もあったソジュ(韓国焼酎。現在は17度前後)、辛い食べものとはナクチポックム(タコの激辛炒め)やピビム冷麺(そば粉や澱粉の麺に辛いソースをかけたもの)などである。
日本のYouTubeを見ていると、「激辛チャレンジ」などと題して、辛いものを完食しようとする動画が目立つ。
激辛をゲームとして捉えているのだ。しかし、私たち韓国人にとって辛いものはゲームどころではなかった。
まさに疲れた身体と心が欲するものだったのだ。
激辛を大衆化させた即席ピビムミョン
辛いピビムミョンを多くの国民が口にするきっかけとなったのが、1984年に八道(パルド)社から発売された即席麺「八道ピビムミョン」だ。
「右手で混ぜて、左手で混ぜて♪」という軽快な音楽をバックに、コメディアン2人が麺とソースを混ぜるテレビCMは、韓国人の多くが記憶しているはずだ。
ピビムミョンの味の決め手はやはりソースだ。唐辛子粉とニンニクをたっぷり使ったコチュジャンの辛味と香味、酢と砂糖がもたらす酸味と甘味。これにゴマ油が加わると、韓国庶民が大好きな濃厚な複合味が生まれる。
トッピングの野菜もろともソースで混ぜて食べるのが韓国流
ソースの上にはキュウリの千切りや大根の酢漬け、茹で卵、白ゴマなどがトッピングされる。これらを徹底的に混ぜて食べるのが韓国スタイルである。
ピビムミョンをもっとも旨そうに食べる男
ピビムミョンはそのままでもじゅうぶん辛いのだが、釜山の専門店ではさらに辛く食べたい客ために激辛ソース(左上)を用意している
韓国人にとってピビムミョンが欠かせない食べものであることを一人で体現する男がいる。2017年の映画『鋼鉄の雨』で韓国の外交官を演じたクァク・ドウォンだ。
エリート外交官であるにもかかわらず、この男の食べっぷりには気取りというものがない。
食べっぷりのみごとな俳優としては最右翼にハ・ジョンウがいるが、クァク・ドウォンはそれに匹敵する。スリムなハ・ジョンウが餓鬼のごとく食らうのに対し、ぽっちゃりしたクァク・ドウォンにはやや飽食の匂いがある。
『鋼鉄の雨』の劇中、クァクはステンレスの箸で夕焼け色の麺をつかむ。その量がすごい。「ジュボボボッ」という音もすごい。器におおいかぶさるようにしてすするひと口目で完食してしまいそうな吸引力だ。
韓国映画史上、屈指の麺食い名場面である。
即席ピビムミョンは新大久保などのコリアンタウンに行けばかならず売っている。通販でも入手できる。韓国人好みのシャキッとする辛さをぜひ体験してみてほしい。
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