年末はこのコラムでソウルの新名所を紹介したが、変化の激しいこの街では新たに生まれてくるものもあれば失われていくものもある。
今回は1970年代から1980年代以降、地元民だけでなく外国からの旅行者にも愛されてきたが、再開発の波や主人の高齢化、コロナ禍などで惜しまれつつも姿を消した風景や魅力ある店を振り返ってみよう。
仁寺洞の路地裏、洗面器いっぱいのマッコリ
仁寺洞はかつては骨董や書画を扱う渋い店やギャラリーが軒を連ね、路地裏には個展を開いた芸術家が打ち上げを行なう酒場があったのだが、十数年前に「サムジキル」という大型ショッピングモールができてからは、第2の明洞と言っていいくらい外国人旅行者でごった返す観光スポットになった。
正式な店名はなく、「ワサドゥン(ガス灯)」とか「イカルビチプ(ホッケ屋)」と呼ばれたこの店は、そんな古き良時代の仁寺洞の匂いを感じさせる店だったが、2021年に廃業してしまった。
黙って席に着けば、焼いたホッケと洗面器に入ったマッコリが運ばれてくる店だった。
2000年前後は若者であふれていたが、日韓ワールドカップや海外での韓流熱風を経て我が国の西洋的な洗練が進むと、しだいに時代遅れな店になっていった。
ここ数年は韓国にもレトロモダンの風が吹き、この店も復活するのでは思った矢先の廃業だった。
隣りにバッティングセンターがあり、週末の日中はカキーン!という快音を聞きながらマッコリをあおるのが楽しかった。
映画『カフェソウル』で斎藤工が駆け抜けた益善洞の路地
仁寺洞から3分ほど東に歩くと、鍾路3街と呼ばれる庶民の繁華街。このエリアの北部が伝統家屋を改装したおしゃれなカフェやレストランが連なる益善洞だ。
鍾路3街はかつては中高年の憩いの場だったが、益善洞のおかげで若返りを果たし、2017年頃からはソウルの新しいホットスポットとして賑わっている。
益善洞エリアの南東部(鍾路3街駅6番出口の北側)には雰囲気も価格もさまざまな焼肉店が集まっている。
昨年、映画『シン・ウルトラマン』で主役を演じた斎藤工はじつは日韓合作映画『カフェ・ソウル』(2009年、武正晴監督)の冒頭、この焼肉横丁辺りを疾走している。
まだ益善洞が古びた伝統家屋街だった頃の様子がよくわかるので、ぜひ視聴してほしい。その枯れた街並みは今の益善洞ではほとんど見られないものだ。
ホン・サンス監督の映画でイ・ソンギュンが泥酔したバー
鍾路3街エリアの北端には安国駅があり、その北側には憲法裁判所がある。2年ほど前まで裁判所の前には「文化空間アリラン」というバーがあった。
漫謡という大衆歌謡の歌手チェ・ウンジンさんが主人で、興が乗れば歌を披露してくれることもあった。その歌が、ホン・サンス監督の映画『ソニはご機嫌ななめ』で、イ・ソンギュン扮する映画監督が泥酔したときに流れた歌だ。
そして劇中、イ・ソンギュン、チョン・ジェヨン、チョン・ユミが深酒をした店こそ、この「文化空間アリラン」なのだ。
夜更けに日本人が一人で行っても、チェさんが話し相手になってくれるので、ディープなソウルが好きな私の読者には人気の店だった。
残念ながら店はさらに北方向の三清洞に2021年に移転してしまい、雰囲気もずいぶん変わってしまった。
かつての雰囲気が知りたかったら、ぜひ『ソニはご機嫌ななめ』を見てほしい。