「死んでも判を押さない」という相続人も
相続人の中には「いろいろとお世話したのに、私たちはないがしろにされた。死んでも判を押さない」と言う人までいました。当時はまだ相続登記は義務化されておらず、永遠と曽祖父名義の責任を、数多くの親族が引き継いでいくことになるリスクがありました。相続というものは、長年の感情が大きく左右するのだなと改めて感じたものです。
ご高齢で意思が確認できない方もいました。それぞれ成年後見制度は利用されていなかったので、遺産分割協議をするためには後見人の選任申立てをしてもらう必要があります。またそうなった場合、不在者財産管理人も同様ですが、法定後見人は被後見人の財産を守るため、タダで財産を他人に譲ることはしないのが原則なので、道路のわずかな持分の所有権とはいえ依頼者が所有権を無償で取得するのは厳しそうです。
依頼者と相続人との話し合いでは解決できる見込みはなく、こうなってしまうと法的手続きを取ってもらうしか前に進めません。それも人数が多いため、何年かかるか分かりません。日々の生活にも支障が出始めた76歳の依頼者の「売却してすぐに高齢者施設に入所したい」という希望に間に合わない可能性もあります。
この時は、私道の共有者の一人から持分の譲渡の同意を得ることができました。この結果、依頼者は私道の一部ですが持分を得ることができたため、自宅を無事に売却することができました。
あれから13年以上が経ちました。依頼者の希望は叶えられたものの、あの残された共有名義はどうなっているのだろう……。司法書士として、いつも頭の片隅にモヤモヤとしたものが残されています。これを書くに当たって、登記情報を取得してみたら、やはり相続登記はなされていませんでした。
当時、半数以上が高齢者でした。今となれば、分割協議すべき相続人はもっと増えているでしょう。当然ではありますが、相続登記が義務化された現在では、この私道道路の持分も相続登記の対象なので、放置すれば過料の対象になります。
不動産を取得すれば遺言書は必須です
結局のところ、不動産は形がある故、羊羹のように切り分けて相続人に配るということができません。不動産を取得した人は、遺言書は必須です。遺言書は「ある程度歳をとってから」と思われがちですが、そうではありません。不動産取得と遺言書は、セットです。
子供がいない夫婦の場合には、遺言書がなければ遺された配偶者は、義理の親や義理の兄弟姉妹と遺産分割協議をしなければなりません。大切な人が亡くなったというだけでも悲しく辛い中、そのようなストレスフルな協議は遺された者にとってあまりに酷というものでしょう。
遺産分割協議はお金が絡むことに加え、感情的な対立が生じて紛糾することもあります。自分の死後に不動産を誰が相続するかを明記した遺言書はそうしたトラブルを極力減らしてくれます。
遺言書の内容は本人が後から何度でも変更できます。子供達が成人したり、家族の状況が変われば、また作り直せば良いことです。遺言書は人生の節目節目で財産を見直し、自身の生き様を考えるためのものです。だからこそ「1回作ったから終了!」ではなく、その後の見直しも必要です。
そしてできれば作成は、プロに依頼をして欲しいと思います。思いのほか、今回のように大切なことが抜け落ちていることもあります。普段使っている「あげる」「譲る」という言葉も、相続なのか遺贈なのか疑義が生じ、意図したものと違う結果になることもあり得ます。自分で気がついていないことも、プロはアドバイスしてくれるでしょう。
不動産を取得したら、家族を悲しませないために遺言書を必ず書く。
同時に、これ以上日本の国土に所有者不明土地を増やさないためにも、ひとりひとりの心がけをお願いしたいと思います。
(記事は2025年2月1日現在の情報に基づいています。質問は司法書士の実際の体験に基づいた創作です)
司法書士:太田垣章子(司法書士)
神戸海星女子学院卒業後、プロ野球の球団広報を経て認定司法書士に。約3000件の賃貸トラブル解決に家主側の立場から携わってきた。住まいにまつわる問題のほか、終活・相続のサポートにも従事。講演や執筆等でも積極的に発信している。
著書に『2000人の大家さんを救った司法書士が教える賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド』(日本実業出版社)、『家賃滞納という貧困』『老後に住める家がない!』『不動産大異変』『あなたが独りで倒れて困ること30』(いずれもポプラ社)。東京司法書士会所属、会員番号第6040号。
【記事協力:相続会議】
「想いをつなぐ、家族のバトン」をコンセプトに、朝日新聞社が運営する相続に関するポータルサイト。役立つ情報をお届けするほか、お住まい近くの弁護士や税理士、司法書士を検索する機能がある。例えば、高知であれば下記から探すことができる。

















