独観子さん
「本当はもっと大きいものもあったのですが、持って帰ってこれませんからねぇ……。ミャンマーはもう20年くらい前に家族で行きました。まだ小さかった次男も一緒だったのですが、日本人、しかも小さい子供はとても珍しいらしく、たくさんの人に声を掛けられたり、触られたりしました(笑)」

独観さん
「急な階段があったときも、周りの人が『おんぶしてあげようか!?』と声をかけてくれました。家族で色々なところに行くと、自分が忘れてしまっても誰かが覚えていてくれるからいいですね」

独観子さん
「次男は食いしん坊だから、その時食べたもので覚えていたりするんですよ。『そこは〇○を食べたところだよ』って(笑)」

エレクトリカルな後光を放つ、仏ドール。

 

会場にはご長男もいらっしゃった。幼い頃から様々な珍寺や珍スポットを巡り、いわば“英才教育”を受けてきたという。

独観さん
「教育というか、もはや調教とか、洗脳に近いですよね(笑)」

息子さん
「周りの友達は家族旅行にメジャーな観光スポットに行っているのに、うちはなんでこういう場所なんだろうと思ってました。でも、だんだん見ているうちに興味が湧いてきて、1人で珍寺に行ったこともありますよ」

余談であるが、私は先月台湾に旅行し、件の甲子太歳金辨大将軍の像のある金剛宮を訪れた。そこにはおびただしい数の仏像やコンクリ像があった。その数1,000には上っていたように思う。

様々な像に感嘆の声をあげていた私に、金剛宮のスタッフがおもむろに近付き、片言の日本語でこう話しかけた。「目ぇカラ手?」と。

もしや、甲子太歳金辨大将軍のことを言っているのかと思い、「Yes,yes」と言うとこう続ける。「ニホンジン、ミンナ目ぇカラ手、ミル」と……。

日本人がみんな『目ぇから』手を見るようにしむけたのは間違いなく珍寺大道場だろう。珍寺大道場はそれだけ多くの珍寺ラバーに影響を与えているサイトなのだ。

会場の角に鎮座する、ハンドメイド甲子太歳金辨大将軍の像。

王の腐敗、堕落を諫言したある役人。しかし、王の怒りに触れて目をえぐられてしまう。哀れに思った仙人が彼の目に仙丹(霊薬)を入れたところ、あら不思議! 目から手が生えて、手に目玉ができたそう。手が届くところなら、何でもどこでも見られるそうな。

しかし、なぜわざわざ手を生やした上で目玉を付けた……? 独観氏はそんなシュールさ、ナンセンスさが気に入っており、SNSのアイコンにもしているとのこと。

小嶋独観氏と、甲子太歳金辨大将軍 a.k.a 『目ぇから手』。

話を会場に戻す。グッズが置いてあるテーブルを囲むように、9畳ほどのギャラリーの壁には、所狭しと写真が展示されている。

日本の珍寺や巨大観音、国内外の地獄寺、ド派手寺など、その数約70点にも及んでいた。ちなみに、地獄寺という言葉を聞きなれない方もいらっしゃるだろう。地獄寺は多くはタイに存在する、地獄の風景(想像図)をコンクリ像で具現化した建造物のある寺である。

額縁の柄には全てレースが施されていて、それがなんともキッチュだったりシュールだったりする珍寺にマッチしていた。

展示されている写真を比べて見ると、国内の寺や仏像のシンプルな色合いに対し、国外(ここでは東南アジアがほとんど)の仏像やコンクリ像のカラフルなこと……。もはや海外の珍寺は、宗教のテーマパークのような存在なのであろう。

また、コンクリートに彩色する際には、ペンキを使うことが多いのでビビッドな仕上がりになっている。特に東南アジアはカラフルなものが多い。独観氏によると、コンクリートは石や木よりも大きなものが作れ、なおかつ風雨にも強く外に置けるため、こうした“珍寺”ではメジャーな素材だそう。