さて、今月も検索ワードランキング上位から気になるワードを捉えてあーだこーだ言いましょ!
ペルソナとは
製品やサービスを作る際に描く、架空の人物像のこと。年齢、職業、居住地だけではなく、趣味・嗜好、休日のすごし方、Web・ソーシャルでの行動などを細かく設定することで、効果的なマーケティング・販売戦略を決めることができます。
検索ワード「3歳児 叱り過ぎ」
という、恐怖の検索ワード。これは誰でもかもしれないが、道ばた、ファミレス、電車内で、親が子供を叱っている声が怖くて仕方がない。
きっかけは子供側の「アレ買って欲しい!」だったのかもしれないが、やがて親の方も堪忍袋の緒が切れたのか、「いい加減にしなさい!」と容赦なく怒る、あの声。
「叱り過ぎ」というからには、どこかからどこかかまでは「叱り過ぎではない」に当たる訳で、その判断材料は、僕の感覚としては「叱る側の声」だと思っている。
「いい加減にしなさい」の言葉一つでも、髪が逆立たんばかりの勢いで怒鳴りつける「いい加減にしなさい!」もあれば、かっちりと相手の目を見て「いい加減にしなさい」と、ぶっ倒れている子供を立ち上がらせながら言うものもある。
髪が逆立たんばかりの怒鳴りつけは、本人のストレスや怒りの発散であり、相手の目を見て冷静に言う場合は、少し雰囲気が違う。
聞いていて「オウノー!」とザワザワ、プラス、一気に一日分の体力や気力を奪われてしまうのは、もちろん怒鳴りつけの方。
もちろん、親が自分の都合で、感情的に子供に何かを伝えることが全て悪いとは思わないのだが、一歩社会に出て、例えば電車内でそれをやられると、ついつい「ちょっと、そんな感情まで到達するに至った経緯を教えてくれないか」と思ってしまう。
そこで「いや、この子は『欲しい欲しい』って言って、いざ買って帰ると一日でだいたいのものに飽きちゃって、例えば今日は『たまごっち』を欲しいって言ってたんだけど、前に一度買ったんですけど放置してすぐにたまごっちを餓死させてしまって、そんなことも忘れて今日も『新しいのが欲しい』なんて言うものだから、『欲しいなら家にあるのをちゃんと育てなさい』って言ったんだけど、全然聞く耳を持たずに、この調子なんです」
とまで言われれば、「分かりました。怒鳴ってください!」と言ってしまうかもしれない。
でも結局、いざ目の前で怒鳴り声を出されたら、やはりヘトヘト精神になってしまうのだろうけど。
いつも一緒に仕事をしているM(女性)は、なかなかに怒りっぽい。
が、だからこそ一緒に仕事をしているんじゃないかと思うこともある。
不都合な点としては、例えばテレビ局から送り込まれてきたディレクターから「こんな作品を岩井さんに書いて欲しいんです」といった話をされる。
その際、Mは自分に興味がなかった時に、あからさまに表情に出る上に、「ほんとにこの人は岩井さんの作品を見ているのだろうか!?」という疑いが湧いたり、自分の持つ「岩井さんの作品」と相手の持つ「岩井さんの作品」のイメージが違ったりした時に、ひどく怒り出す。
まさに不都合である。ただ、その「感情が表に出ることへのブレーキ」の壊れ具合は、とてもいい効果を現すこともある。
『て』という作品を作っている時に、僕としては爆笑する場面が出来上がった。
「これは面白いことになった!」と思い、チラリとMの方を見ると、号泣している。
一つの場面を見て、爆笑してる人と、号泣してる人がいる。
これほどまでに演劇として豊かなものはない。
Mがなかなかに感情的なことは分かっていたから、実際にはそれほど泣く人はいないだろう、と思っていたが、いざ本番となると、泣いちゃう人続出で、というか、僕の様に爆笑している人はただの一人もいなかった。
そういった経験から、今度は僕自身が考えるようになる。
なぜ、人が泣いちゃう様な場面で、僕はあれほど爆笑していたのだろうか。
Mや他の観客と話すうちに分かったのは、その場面から得ている情報も感情についても、それほどズレはない。
その場面は「ある、叶えられない願望についての悲しみ」みたいなものが描かれていて、それはもちろん、作った僕自身も感じている。
だからこそきっと見た人が泣いちゃう、という現象が起きるのだろう。
だけど僕の場合、そこに描かれている「悲しみ」を受け取ったあとのアウトプットが、「笑う」になっている様なのだ。
思い返せば、過去にもそういったズレはよく起きていた。僕が笑い、客が泣いちゃう。それも今となっては、なんか知らんけど「強み」として自分の中に取っておけている。
「叱り過ぎ」の話からずいぶん脱線してしまったが、僕がやっている「演劇」というジャンルは、ずいぶんと感情ってものを扱う場面が多い。
その場合、「過ぎ」がついちゃうような、ちょっとイビツな感情過多気味の人の方が、往々にして面白い。
日常での「ピンチ」は、単なる「ピンチ」だけど、演劇だけじゃなく、それはテレビでも映画でも「ピンチ」は一瞬にして「オモシロ」になる。
その時に「感情過多」だったりで「ピンチが漏れる」ような人間の方が、俳優として明らかに面白いのだ。
見ている側もそれぞれ、「実は鼻のことをとやかく言われると死にたくなる」とか、自分の中に「イビツさ」を持っている。
それは普段、「大人だから」と、押さえつけておかなくちゃいけないものだけど、演劇やら映画やらで演じられるその「イビツさ」を見て笑いながら、どこかを浄化されたりする。
僕自身も、自分に起きたネガティブなことを元に演劇を作って、見た人の同じ様な経験を聞いたりして、めちゃめちゃに救われてきた。
だからほんとに、みんな「演劇」やってみたらいいのに、って思う。音楽の授業とか美術の授業とかと同じ様に、「演劇の授業」も。
担任の先生の「今、ここでみんなに授業するまでの先生の人生」とかの一人芝居見たって、先生の見方が変わるだろうし、先生不在で、子供だけで授業する演劇を子供だけで作ったりするだけでも、ずいぶん色々考えられるから。
「こりゃだめだ。先生ってやっぱいたほうがいい」とかって結論出たりするかもだし。
「あ、やっぱり先生っていらないんだな」って結論出されたら……どうすんだ。
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