お駄賃と小遣い制の違い
小学生になると、お小遣いを与える家庭もちらほら出てきます。週に100円とか月に1000円など定額制です。
勉強に必要なものは親が買い与えても、玩具やゲームなどは自分でお小遣いを溜めて買わせるやり方です。
これは、「何かをしたからお金をもらえる」ことと紐づいていない上に、「決まった額の中でやりくりする」ことを通して子どもは次のことを学べます。
- お金の管理
- 好きなものをドンドン買うとお金はなくなる
- 計算能力
- マネージメント能力や計画性
また、普段お小遣いはなくても、年に一度のお年玉や入学やお誕生日のお祝い金も同様ですね。これらを貯めて、好きなものを買わせるのも同じ学習効果があります。
「なんでもお金に換算する人」にならないように
何でもお金に換算する人っていませんか?私の周りにもいます。
- 卒業生として園のPTAから「運動会の手伝いにきてください」と声がかかりました。開口一番「日当はいくらですか」と質問していたママ
- ママ友が集まって一品持ち寄りホームパーティ。かかった食材費は割り勘です。すると塩・胡椒・油代など調味料代も請求してきたママ
- 習い事の先生に保護者同士、500円出し合ってお歳暮の品を贈ろうとしたとき、「普段、お月謝払っているんだから、なんでそんなことする必要があるの?」と言った保護者
- 交通費をもらっている職場の人に対して自分は徒歩通勤。「私は徒歩で通勤していて靴の減り具合が半端じゃあないんです。だから交通費として靴代を支給してください」と言った人
- 「封筒一枚あったら頂戴」と友達に言ったら10円請求された人
「あの人、なんでもお金に換算するんだね。なんだか育ちが悪い感じだね」とドン引きされていました。
「幼いうちから家事労働に対してお駄賃を与えていたからこうなった」訳ではないかもしれませんが、少なくともその影響は何かしらあるような気がしてなりません。
まとめ
お駄賃についてはそれぞれの家庭の方針があります。もし、子どもが「○○ちゃんちはお手伝いしたらお金もらっているんだよ」と言ったとしても「よそはよそ。うちはうち」と、毅然とした態度で接しましょう。
でも、家事の手伝いをしたことに対して幼い子にお金を渡すのはどうなのでしょうか。ママもパパも誰も対価としてのお金はもらっていませんよね。
家族は同じ空間で生活します。皆が快適に過ごすため、家族のため家事をしたり手伝いをするのはある意味当然のことです。
幼い頃からお金を渡していると、ずっとこれを続けることになります。「もう、10歳越したんだから、ゴミ捨てをしたからっていちいちお金はあげないわよ」なんてことは出来なくなります。
家事をしたときは「ありがとう」「助かるわ」と感謝の言葉をお互い忘れないことにより、子どもは「自分が手伝ったことで家族が助かっている。パパ、ママに感謝された」と嬉しく感じています。そしてお手伝いを益々するようになります。これで十分なのではないでしょうか。
そして、ご褒美を与えるときは「○○しているからご褒美に○○に連れていてあげる」という言い方ではなく、シンプルに「一学期も終わりだね。頑張って勉強していたね。今度、家族で○○に行こう」でいいのではないでしょうか。
皆さんはどう思いますか?