俳優を受け身の仕事だと思ったことはない
新しい時代をつくるため、人を斬って、斬って、斬り続けた剣心。血塗られた道を歩む中で出会ったのが、雪代巴だった。
眠りに就いているときでさえ、片時も刀を離さず、敵の気配を敏感に感じ取っていた剣心が、巴のそばでは穏やかな寝息を立てることができた。『The Beginning』は、剣心と巴のラブストーリーだ。
「巴という人と出会って、剣心は幸せを知り、そこで初めて人間となれた。序盤は巴が剣心を追い、それに対して剣心は俺に構わないでくれと巴を追い払う。
それが、中盤以降、ふたりで山小屋で一緒に住むようになって、初めて幸せを見つけたあたりから、剣心がどんどん浮き足立っていく。
そして今度は巴がこの人と幸せになっていいのだろうかと葛藤し始める。向いていたベクトルが中盤から入れ替わるというか、パワーバランスが真逆になると、映画の構造として悲しいだろうなと考えていました」
山小屋での剣心は、とても優しい顔で笑っている。その柔和な笑顔がのちに訪れる悲劇へとつながっていくことを観客もわかっているため、余計に胸が苦しくなる。
「あの山小屋のロケ地は本当に穏やかな時間が流れているような場所でした。おかげで、そこで生活している日々は、僕自身も穏やかだったんですよ。
巴の葛藤なんかつゆ知らず、楽しいなと浮かれていた。あの幸せな撮影をしているときの記憶がいちばん残っていますね」
最大の見せ場となるのが、剣心の左頬についた十字傷の謎が明かされるクライマックス。真っ白な雪景色の中、滴り落ちる赤い鮮血。刀を振り下ろした剣心の構えがあまりにも美しくて、観客の心に悲しみの血しぶきが噴き出す。
「あのシーンはアクションチームの方がやってくださった斬り方が最高だったんですよ。それを見て、僕もいけると思って現場に臨んだんですけど。
現場は山なので日が落ちるのも早く、時間がなくて、最後の引きの画を撮らずに進みそうになったのですが、引きの画は撮りましょうという話はしました。あの画は絶対に必要だと思ったので」
演じることが、俳優の仕事。一般論として、監督やスタッフに意見することをよしとしない向きもある。だが、佐藤健は恐れない。それは決して我が強いからとか、そんな理由ではない。ものづくりに携わる者としての信念があるからだ。
「純粋にいいものをつくりたいんです。そのために意見をした方がいいと思うことがあればする。それはもうずっと前からやっていることですね。別に何かを言いたいわけでもなくて。
実際、自分が言わなくても、いい作品になっていっているときは何も発言しませんし。思ったことがあるのに言わないのは、ものづくりをする上で真摯じゃないと思うから。疑問に感じることがあるなら、ちゃんとそれを伝えたいんです」
時に、俳優は受け身の仕事とも言われる。だが、それも佐藤健の考えとは異なる。
「僕は受け身の仕事だと思ったことはないですね。もちろんそうおっしゃる方がいるのも知っていますし、その考えを否定したいわけでもありません。ただ、僕の考え方とは違うということです」