市場からさらに路地に入ると一杯飲める食料雑貨店が

「ジンミネ」を過ぎると、左手に唐辛子粉やゴマ油の店、そして、お米屋さんが見えてくる。

生活市場らしい風景だ。靴屋や工業製品の店の間を通り抜けると、また飲食店が続く。

右手のビニールがかかった大きめの店は、古株の「ウリ食堂」だ。私は昼どき、よくこの店でチョングッジャン(納豆汁)定食を食べている。周辺の工場で働く男たちに人気の店だけに味付けは濃い目で、ごはんが進む。

「ウリ食堂」のチョングッジャン(納豆汁)定食

マスクをしていても美男美女とわかるカップルが歩いてきた。以前、この市場で若者はあまり見かけなかったが、ここ数年のレトロブームでこういうところを訪ねてくる人が増えている。

仁峴市場の北端から2つ目の路地を入ったところにあるシュポ「チョンファ食品」

画面からカップルが消えたところの路地を左に入り、印刷工場の中を50メートルほど行くと右手にシュポ「チョンファ食品」が見えてくる。

シュポとはスーパー(マーケット)の韓国的発音で、小さな食料雑貨店を指す。日本の駄菓子屋さんのように見えるかもしれないが、じつは店内に小さなテーブルがあり、そこで袋菓子などをつまみに一杯飲むことができる。これ以上大衆的な酒場はないはずだ。

「チョンファ食品」には簡単に調理してもらえるつまみもある。これは春雨を海苔で巻いて揚げたもの

市場の若返り

市場に戻る。左手には再びパク・ソジュンのポスター。その手前の階段を上がると、2015年から始まったソウル市の若者開業支援を受けて出店したビアホール「ソウル・トルボ」(ソウルの髭面)だ。

当時、20~30代が7店もの店を出したのだが、姿を消した店も多い。店名通り髭面のマスターはがんばっているのだ。

左手に「南原チュオタン」と書かれた赤い看板が見える。チュオタンとはドジョウ汁のことで、全羅北道・南原市の名物だ。その隣の黄色い看板は「黄海道ピンデトッ」。

黄海道は現在、北朝鮮の領土だ。ソウルから北西方向に100キロほど行ったところだから距離的には遠くないが、南北分断によって事実上遠いところになってしまった。

じつは私の母の故郷でもある。母も朝鮮戦争のとき黄海道から南に避難してきた人なのだ。

市場の北の端が見えてきた。この辺りはいつのまにか屋根が赤いテント張りになっていて、LEDライトが煌々と灯っていた。

左手にもう一軒のお米屋さん、右手に刺身屋の水槽を見ながら進むと、通りが横切っていて、ここがゴール。市場を抜けると右手に工事中の空中歩行路。その向こうにホテルPJが見える。

ソウルのど真ん中にこんな市場が残っているところが、我が国韓国のおもしろいところだ。

再開発の対象になってもおかしくないが、レトロブームが延命治療になっているかたちかもしれない。市場の上の空中歩行路が完成する頃、日本のみなさんの訪韓が解禁されることを切に願う。

フォトギャラリー「仁寺洞」の街並みを写真でさらに見る
  • 仁寺洞のランドマークともいえるショッピングモール「サムジキル」の脇道
  • 伝統喫茶「チデパン」の生姜茶(センガンチャ)
  • 伝統喫茶「チデパン」の漢方茶、雙和茶(サンファチャ)
  • 伝統喫茶「チデパン」の様式ルーム
  • 伝統喫茶「チデパン」はフロアが2つに分かれている。こちらは韓式ルーム

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鄭銀淑:ソウル在住の紀行作家&取材コーディネーター。味と情が両立している食堂や酒場を求め、韓国全土を歩いている。日本からの旅行者の飲み歩きに同行する「ソウル大衆酒場めぐり」を主宰。著書に『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』『釜山の人情食堂』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』など。株式会社キーワード所属。