東京23区内にあるパン屋で、薪窯でパンを焼いているのはうちだけ
薪に囲まれた店舗。キャンプ場の管理事務所のようだが、そうではない。
渋谷区代々木にある『パン屋 塩見』だ。この薪でオーナーシェフの塩見聡史さんがパンを焼いているのだ。
木のドアを開けて店に入ると素朴で無骨なパンが出迎えてくれる。大半のパン屋がいろいろな種類のパンを焼いているが、塩見さんが薪窯で焼くパンは食パンとカンパーニュのみ。
「東京23区内にあるパン屋で薪窯でパンを焼いているのはうちだけだと思います」
薪窯でピッツァを焼く店は23区内にもたくさんある。けれど、薪窯のパン屋はこの店が唯一無二。
ガスオーブンならばガス栓をひねり点火するだけ。
けれど、薪窯は薪を用意したり、煙突にたまったススをはらうなど、手間がかかることこの上ない。定休日には薪の供給先に足を運び、薪割りに汗を流すこともある。なぜわざわざ苦労を買って出るようなことをしているのか。
「修業先の『宗像堂』(沖縄県宜野湾市)では薪窯でパンを焼いていました。その後、『ルヴァン』(渋谷区富ヶ谷)で修業し、独立。ルヴァンは電気オーブンでしたが、どうしても薪窯でパンを焼きたかったんです」
故郷小田原での開業も考えたが、「23区内で薪窯パンを提供したい」。そう思い2020年11月、縁あって代々木に店を構えた。薪窯パンとそれ以外のオーブンで焼いたパン。
パンの味わいに違いがあるのかないのか。塩見さんも気になり、自分が作ったパン生地をルヴァンの電気オーブンで焼き、ルヴァンのパン生地を代々木の薪窯で焼いて味を検証をした。
結果はどうだったか。
薪窯でパンを焼くと、皮がより楽しめる
「薪窯でパンを焼くと、皮が分厚く形成されやすいことがわかりました。薪窯の特徴を活かしつつ、より皮を楽しめるパンのレシピを考えました」
塩見論が正しいかどうかは帰宅後、検証させていただくことにして、薪窯を見せてもらった。
薪焼きピッツァの店では、ナポリのピッツァ窯職人を呼び寄せて作ってもらうケースが多い。『パン屋 塩見』では、2000個の耐火レンガを塩見さんが自分で組み上げて完成させたそうだ。
薪焼きピッツァの場合、薪を燃やし、高温に熱した薪窯にマルゲリータなどのピッツァを入れ、数分で取り出すことでモチモチとした食感のピッツァを焼く。ところが、パンを高温の薪窯で焼くと表面だけが焦げ、芯が生焼けになってしまうそうだ。
『パン屋 塩見』の薪窯は上下二層構造になっている。朝5時、下段に薪をくべて着火。
下段の上部に設けた穴から吹き上がる炎で上段を3時間熱する。約300℃になったら火を落とし、前日の夕方仕込んだパン生地を9時頃から焼きはじめる。
「蓄熱したレンガの熱(約260℃〜270℃)で食パンもカンパーニュも約50分かけてじっくりと焼きます」
この日午後3時に伺った。火を落としてから7時間経っているはずだが、薪窯はまだ温かく、塩見さんはTシャツ姿で作業していた。
薪窯で焼いた食パンとカンパーニュを、塩見さんはどう食べているのか教えてもらった。
「食パンは、当日は2センチ厚に切り、そのまま食べます。あるいはバターやジャム、ハチミツをぬり、シンプルに食べてもおいしいし、たまごサンドにすることもあります」
翌日は2センチ厚に切り、強めにトーストしているそうだ。
「冷たい状態のトースターに食パンを入れ5分焼きます。皮がパリッとなり、芯がしっとりと焼けておいしいです」
カンパーニュは1センチ厚に切ると教えてくれた。
「うちでは太白胡麻油と塩で食べることが多いです。パンに酸味があるので、味が濃いチーズ、たとえばブリーをのせてもおいしく食べられます」
2〜3日目までは焼かずにそのまま食べるそうだ。
「それ以降は固くなるので霧吹きで水をかけるか、軽く水にひたしてからトーストするとおいしく食べられます」
食パンとカンパーニュをそれぞれホールで購入した。紙袋に入れてもらったのだが、とても重たい。こんなに重たいパンを買ったのははじめてかも。