「司法書士は見た! 怖~い相続事件簿」シリーズでは、賃貸トラブル解決のパイオニア司法書士が、現場での経験も交えながら、よくある相続トラブルについて解説します。

今回のテーマは、年老いた親が住む家の売却です。不動産の売却をしようとするとき、家主が意思表示できなくなっていたらどうすべきでしょうか。

超高齢社会に突入し、これから増えていくであろう問題について、質問をもとに考えていきます。

60代女性から、こんな質問をいただきました。

母が入院してしまいました。もう家に戻っても元の生活はできそうにありません。入院代が高くつくし、施設の入所費用も高額です。私も兄もこれ以上立て替える余裕がありません。母の家を売却して、そこから費用を払いたいと思っています。

入院すると不動産の売却ができないと聞いたのですが、本当でしょうか?

入院=不動産の売却手続きができなくなる!?

親御さんが入院してしまって立て替えている費用も多額になってくると、この後どれくらいお金が必要になるか先が見えず、気が気ではないですよね。また、高齢者施設に入所している場合も、まとまった費用が必要になるものです。

まず、整理をしていくと、所有者が入院したから不動産の売却ができなくなるのではなく、その人の意思が確認できるかどうかがポイントになります。

しっかりと売却の意思が確認できれば、仮に入院していたとしても手続きを進めることはできます。逆を言えば、明確に意思表示ができなければ、基本的には手続きができなくなってしまいます。法律行為ができるかどうかは、その意思が表明できるかどうかで大きく変わってしまうのです。

高齢者の場合、1週間ほど入院して寝たきりになると、認知症などが一気に進むケースも見られます。そのため、元気な間は「自分が入院してもう家に戻れないなら、自宅を売却してほしい」と言っていても、いざとなるとその意思表示ができずに必要な手続きができなくなることが往々にしてあるのです。

予期せぬ入院で、自宅の売却手続きがストップ

以前からよく知っている大家さんが、転んで骨折してしまい入院となりました。もう94歳なので、手術もリスクがあるとのこと。退院した後、自宅で一人暮らしをするのはもう無理なようです。

もともと施設入所を予定していたのですが、家賃収入はあるもののまとまった現金がなく、そのため自宅の売却を進めていました。すでに買い主と売買契約まで交わしたところで大家さんが骨折してしまい、決済手続きが中断してしまっていたようです。

ご家族からの登記手続きについての相談を受け、私も病室まで伺うことになりました。

そこにいたのは、白い病室の中にいる、白髪のおばあちゃん。お元気なころは勝ち気な方でしたが、ベッドに横たわっている姿はだいぶ痩せて元気も衰えてしまったようです。

ただ、幸いにも会話ができないという状態ではありませんでした。

引き続き売却の意思も確認できたため書類にサインをしてもらい、大きな斜めになった字でしたが、ご自身でしっかり署名することもできました。この売却が本人の入院後の生活を支えるようになるということもあり、その場にいた全員が安堵の表情に包まれたのが印象的でした。