セメント通りはセメント会社の通勤路?

川崎駅からバスに乗り、「大島四つ角」で下車。駅から歩くとなるとかなり遠い

さて、次のミッションは「セメント通り」だ。地名でいうと川崎区浜町3~4丁目当りで、神奈川県道101号扇町川崎停車場線から産業道路へ抜ける道の通称だ。

産業道路の先の浅野町に太平洋セメントの前身でもある浅野セメントの工場があり、そこに勤める工員の通勤路になっていたことからこう呼ばれるようになったという。浅野町には、現在も同社から分離独立したデイ・シイ(旧第一セメント)がある。

 
セメント通り周辺はコリアンタウンとしても有名
門柱には堂々と「セメント通り」の文字が
 

産業通りの先の浅野町にあった浅野セメントが名前の由という。

ちなみに山口県山陽小野田市と大分県津久見市にはセメント町という地名があるが、前者は小野田セメント(太平洋セメントの前身)の創業の地であること、後者は太平洋セメントの工場があることから名付けられたという。

「町」と「通り」の違いはあるが、両者とはセメントつながりの兄弟のようなものだ。

浅野セメントができたのは1917(大正6)年。ではその前は何と呼ばれていたのか?

道路を管轄していると思われる川崎区役所の道路公園センターに連絡すると「歴史についての資料はない」とのこと。さらに同じく地域振興課に連絡してみると、「浅野セメントが地名の由来になっているのは事実ですが、それ以前についての資料はないですね」とのこと。

う~ん。こうなれば現地で詳しい話を聞いてみるしかない。

商店街というより住宅地のような雰囲気

実際のセメント通りは住宅街のような落ち着いた雰囲気で、東京・新大久保のコリアンタウンを想像していた身には少々拍子抜けだ。

 
商店街の中ほどにある一條商店では、戦前から大学いもを販売しているという。
自家製のモナカイチゴ(150円)は甘み抑え目の素朴な味だ。
 

商店街の中ほどに、店先で大学いもを売るお店「一條商店」を発見。自家製のアイスクリームも販売しているようなので休憩がてらに店内へ。世間話ついでに話を伺うと、どうやら戦前から営業しているらしく、この付近でも古株のようだ。

奥さんによると、戦前にはもうセメント通りと呼ばれていたが、やはりいつからその呼び名がついたかは分らないという。やはり時期まで遡るのは無理のようだ。残念。

続いては、三つ目のミッションに挑むことに。