今では釜山を代表する観光名所となった甘川文化村は、典型的なタルトンネだ

4月後半、筆者は講座の仕事で日本に行く予定だったのだが、コロナの問題で延期になってしまった。

3月の前半までは「連休前には落ち着くだろう」などと楽観していたのだが、そうはいかなかった。

年に数回あった日本出張はとてもよい刺激になっていたので、大変落ち込んだ。

次に日本に行けるのはいつだろう? とても視界良好とは言えない。ソウルの仕事部屋で日本の映画を観たり、日本風ごはんを食べたりして心を慰める毎日である。

日本の韓国リピーターのみなさんも同じ状態だと思うので、今回から数回に渡り、日本に居ながらにして、自宅に居ながらにして楽しめる韓国の話題を提供していきたい。まずは映画の話題から。

韓国庶民の生活感にふれられる映画『ワンドゥギ』

K-POPブーム以降のファンは、韓国におしゃれなものを求めがちかもしれないが、それ以前からのファンには韓国の人間臭い部分に惹かれる人が多いのではないだろうか。イ・ハン監督の『ワンドゥギ』(2011年)は、そんな人に観てほしい作品だ。

不良高校生ワンドゥ(ユ・アイン)とその担任である型破りな教師(キム・ユンソク)。『ワンドゥギ』は、この二人を取り巻く家族(大道芸人の父やフィリピン人の母)、近隣の人々(売れない画家や三文小説家など)の下町人情物語。ちなみに、売れない画家は、日本映画『焼肉ドラゴン』でアボジを演じたキム・サンホだ。

見どころは主要人物が住む下町の風景。米国アカデミー賞受賞作『パラサイト  半地下の家族』では、経済的弱者の住むところとして半地下や地下がクローズアップされていたが、韓国ではじつは空に近いところも庶民の生活圏だ。

空に近いとは言っても、もちろんタワーマンションなどではない。ソウルや釜山などの都市部周辺の山の斜面に建てられた粗末な住宅街、通称「タルトンネ」(月の町)のことだ。

 

筆者の住むソウルの東のはずれ、江東区千戸洞(命名、ソウルの北千住)。雑居ビルの屋上に建っているのがオクタッパンだ。室外機が取り付けられていることから、そこに人が住んでいることがわかる

そして、この映画の主人公が住むオクタッパン(屋塔房=屋上部屋)もその例である。

韓国ドラマにもよく登場するのでピンときた人も多いはず。映画では他に、ホン・サンス監督の初期作品『豚が井戸に落ちた日』(1996年)、イム・サンス監督の『ディナーの後に』(1998年)、チャ・テヒョン主演の『覆面ダルホ  演歌の花道』(2007年)にも印象的なオクタッパンが登場する。

また、この映画には中盤、主人公の父と担任の教師がシュポ(スーパーの韓国的発音)で飲む場面がある。

本コラムでも過去に何度か書いたが、韓国にはシュポとかクモンカゲと呼ばれる小さな食料雑貨店で酒を飲む文化がある。日本の酒屋さんの「角打ち」によく似ている。

一般の飲食店より安くて、隣席の酔客とも気軽に言葉を交わせる庶民のオアシスだ。

ソウル旧市街、乙支路4街駅東側の路地裏にあるシュポ(食料雑貨店)。夏場は店先の簡易テーブルが特等席

劇中、ワンドゥの高校の担任とワンドゥの父親が店先に設置されたビニールテントの中でマッコリを飲んでいる。ワンドゥの父親は自分の境遇のせいで息子をちゃんと育てることができないと担任にこぼす。担任がうなだれる父親を励ましている。

二人がしんみりと飲んでいるところに、担任とひと悶着あった三文小説家の女性(パク・ヒョジュ)が加わる。

そのときの彼女の第一声がすばらしい。

밤 공기가 참 좋죠, 술 한잔하기(パム コンギガ チャム チョッチョ, スル ハンジャンハギ)意訳すると、「夜風が飲めって言ってるのよ」である。

最初はぎこちない雰囲気だったが、少しずつ楽しい酒宴に。そこにワンドゥが迎えに来て、酔った父親をおんぶして家に帰る。

ワンドゥの背中で息子の意外な頼もしさを感じ、「我が息子よ、かっこいいぞ~」と、父親は喜びを隠さない。

韓国映画史に残る酒場の名シーンである。

DVDやネット配信などで鑑賞して、韓国ロスを癒してもらいたい。

鄭銀淑:ソウル在住の紀行作家&取材コーディネーター。味と情が両立している食堂や酒場を求め、韓国全土を歩いている。日本からの旅行者の飲み歩きに同行する「ソウル大衆酒場めぐり」を主宰。著書に『韓国ほろ酔い横丁 こだわりグルメ旅』『釜山の人情食堂』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』など。株式会社キーワード所属。